2017 Fiscal Year Research-status Report
顔と身体の統御――ロシアにおける記号論の二つのパラダイムに関する研究
Project/Area Number |
16K02564
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
番場 俊 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (90303099)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 記号論 / 顔 / バフチン / ドストエフスキー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、(1)バフチンとヴィゴツキーの比較、(2)19世紀後半から20世紀前半の観相学的ディスクールの変容、(3)ヴィゴツキーとロシア・アヴァンギャルドの文化史的コンテクスト、(4)ロシア記号論の現代的意義の考察の四つを研究の柱としている。そのうち、今年度はとりわけ(2)を中心に研究を進めた。 (1)については、バフチンの記号論を「顔の思想」とみなして考察するための前提について、バフチンが中心的な考察の対象としたドストエフスキーの小説に関係して「われわれははじめて人間の声を聞き、人間の顔にあられた怒りや喜びを眼にするのだ」と語ったローザノフや、やはり「顔の思想家」として扱われることの多いレヴィナスと比較しながら検討した。 (2)の小説論については、昨年度にひきつづき、ドストエフスキーの長編小説『白痴』(1868年)の読解を進める中で、19世紀西欧における観相学の流行の端緒となったラファーターの『観相学断片』(1775-78)、トゥルゲーネフのサロンにおける「肖像ゲーム」、写真メディアに関するドストエフスキーの言及などを検討した。 (3)については、ヴィゴツキーの内言論から大きな影響を受けたエイゼンシュテインのテクスト「クロースアップの歴史」(1940-48)(短縮版「ディケンズ、グリフィス、そして私たち」1944年)を中心に検討し、同時代のバラージュ、のちの世代のドゥルーズらによるクロースアップ論との比較を試みた。 (4)については、パースの記号論におけるicon/index/symbolの三分類(およびそれにともなう一次性、二次性、三次性)の議論に注目し、それが情動論と結びうる関係を検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2017年度の最重要課題はドストエフスキー『白痴』の作品論を仕上げることであったが、完成には至っていない。研究課題(2)におけるこの遅れが、研究課題(1)、(3)、(4)の遅れにもつながっている。ただし、『白痴』論の執筆はそれだけで独立したものではなく、バフチンの記号論、メディア論(写真と映画)、情動論(ポドロガ、フロイトほか)の検討といった課題とも密接につながっており、(2)を仕上げることで、(1)、(3)、(4)の進展に弾みがつくことが期待できる。 2018年度の成果として特筆すべきものは、年度末のドレスデンでの調査において、「顔」を産出するメディアとしての「美術館」という問題に対して一定の見通しをもつことができたことである。『白痴』の構想に大きな影響を与えたとされるドストエフスキーの美術館経験(バーゼルの美術館におけるホルバインの死せるキリスト、ドレスデンの美術館におけるラファエッロの聖母)は、いずれも、映画以前におけるクロースアップの顔という問題の所在と、その情動論との関係を如実に指し示している(岡田温司『映画は絵画のように』岩波書店、2015年参照)。それは、バフチンが自らの思考の発想源としていた19世紀小説と、ヴィゴツキーがその近くで仕事をしていた20世紀前半のアヴァンギャルド芸術の問題圏を接続するものであり、これまで、どちらかといえば両者の差異を強調してきた本研究に対し、重要な方向修正を迫るものである。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度においても第一の課題は、研究課題(2)における前年度からの積み残し課題であるドストエフスキー『白痴』論の完成である。そこで問題となるのは、まずは人間の「顔」へのまなざしが、「声」や「身振り」の記号論へと接近していくさまを、テクストに即してあとづけることであり、更に、『白痴』における19世紀的な顔の経験が、20世紀以降の顔の経験にとってもつ意義を検討することである。その過程で、ポドロガの著作を主に参照しつつ、現代の情動論やメディア論といった研究課題(4)の探究を進める。 次に、これらの課題と密接にかかわる今年度の研究テーマとして、研究課題(3)においてエイゼンシュテインの映画論、文化史理論の検討をおこなう。「映画形式」(1934年)、「クロースアップの歴史」(1940-48年)、「ディズニー論」(1940-46年)といった著作に取り組む予定であるが、その過程で、エイゼンシュテイン、アニメーションの専門家を招いてワークショップを開催し、モンタージュの「細胞」、「原形質性」といった概念について共同で検討することを予定している。 遅れている研究課題(1)については、やはり前年度の課題の積み残しである、『芸術心理学』(1925年)を中心としたヴィゴツキーの身体論の検討を行う。2015年に刊行がはじまった全集の第1巻(Полню собр. соч., т. 1, М., Левъ, 2015)に収められた演劇論も参照しつつ、ヴィゴツキーの初期の思索にみられる反射学的記号論の萌芽を検討する。
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Causes of Carryover |
(理由)直前になっての外国出張のキャンセルもあったが、結果として、ほぼ2017年度の使用予定額を使い切ることができた(少額の残額が生じたのは、年度末で支出済金額の確認が遅れたためである)。 (使用計画) 2018年度の計画に組み入れる。
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Research Products
(2 results)