2018 Fiscal Year Research-status Report
顔と身体の統御――ロシアにおける記号論の二つのパラダイムに関する研究
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16K02564
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
番場 俊 新潟大学, 人文社会科学系, 教授 (90303099)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 顔 / ドストエフスキー / バフチン / エイゼンシュテイン / ヴィゴツキー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、(1)バフチンとヴィゴツキーの比較、(2)19世紀から20世紀にいたる観相学的ディスクールの変容、(3)バフチンとヴィゴツキーの仕事がロシア・アヴァンギャルドとのあいだにもつ関係、(4)ロシア文化史からみた現代情動論の検討の四つを柱としている。今年度は(2)、(3)、(4)を中心に研究を進めた。 (1)については、バフチンとヴィゴツキーを比較検討するさいの第三項として有用であると思われるパースの記号論に関する基礎的検討を継続した。 (2)については、昨年度にひきつづきドストエフスキーの長編小説『白痴』(1868年)の検討をすすめ、このテクストを、①バフチンが「グロテスク・リアリズム」と呼ぶ前―顔貌的体制に属するゴーゴリのテクストとの比較、②18世紀末~19世紀後半の西洋観相学の変容という文化史的コンテクスト、③美術館、写真、映画といったメディア・テクノロジーとの関係といった観点から分析し、その成果を著書にまとめた(2019年4月に刊行)。 (3)については、ヴィゴツキーの内言論から大きな影響を受ける一方、バフチンの顔論と著しい対比を見せるエイゼンシュテインの映画論、とりわけ晩年の『ディズニー論』を検討し、エイゼンシュテイン研究の井上徹、畠山宗明、アニメーション研究の土居伸彰、キム・ジュニアンの各氏とともに研究会を開催した(「セルゲイ×ウォルト×ユーリー ―― フレームの彼方にあるもの」、2018年5月19日、新潟大学駅南キャンパスときめいと講義室B)。 (4)については、アリストテレスが悲劇の根本情動として挙げた「あわれみとおそれ」の20世紀的受容の一事例として、夏目漱石のテクスト(レッシング『ハンブルグ演劇論』英訳本への書き込みと『草枕』1906年)を検討し、情動論と修辞学の関係について検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究課題(1)は遅れているが、年来の課題であったドストエフスキー『白痴』の作品論を仕上げることができ、さらにその過程で課題(3)、(4)についても若干の成果を収めることができたので、「おおむね順調に進展している」と評価する。 研究課題(2)についていえば、観相学を「他者の顔をテクストとして読む」という一面的な図式から切り離し、他者の顔を読むのみならず、他者によって読まれるべく自分の顔をすすんで差し出し、たがいの解釈を交換しあうコミュニケーションの実践として捉え直し、それをジェンダーの問題にも関連づけることができた。逆に、19世紀における顔のコミュニケーションの興味深い実践例として取り上げたトゥルゲーネフのサロンにおける「肖像ゲーム」のうちには、その前提として人間の外見と内面の結びつきに対する強い信憑があることが確かめられたが、そのような記号観は、『観相学試論』(1845年)のテプフェールや、『人間の表情のメカニズム、あるいは情念の表出についての電気生理学的分析』(1862年)のデュシェンヌ・ド・ブローニュとも共通するものであり、19世紀後半の記号観を20世紀以降のそれから分かつものを理解するうえで重要なヒントとなりうる。 (3)についていえば、エイゼンシュテインのテクストにおいて、顔のキャラクター化の傾向と、非人称的で不定形な身体に向かう傾向の双方が認められることが、バフチンとヴィゴツキーの関係を理解するうえで重要であることを理解することができた。 (4)の情動論についていえば、当初予定していた理論的考察のみならず、文学作品に即した分析を進めていくことも可能であることが確認できた。
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Strategy for Future Research Activity |
研究課題(2)については、2018年度の成果の一部をさらに発展させたものを、7月にボストンで開催される国際ドストエフスキー協会(IDS)のシンポジウムで発表予定である。そこでは(3)の課題にも触れるとともに、2015年におこなった学会発表"Crisis of Seeing in Bakhtin and Dostoevsky"(国際中欧・東欧研究協議会ICCEES第9回世界大会)で提起した「外傷的な視覚」という問題を発展させることも意図している。 2019年度で加速させるべき課題は(1)のバフチンとヴィゴツキーの比較であり、とりわけ、ヴィゴツキーの記号論の検討を集中的におこなう。具体的には、①『芸術心理学』(1925年)を中心としたヴィゴツキーの身体論の検討であり、2015年に刊行がはじまった全集の第1巻(Полн. собр. соч., т. 1, М., Левъ, 2015)に収められた短い論考も可能な限り参照しつつ、ヴィゴツキーの初期の思索にみられる反射学的記号論の萌芽を検討する。②さらに、『高次精神機能の発達史』1930-31年および『情動に関する学説』(1931-33年)といった著作を中心に、記号を「人間が行動の統御(овладение, mastery)のために作りだした手段」と捉えるヴィゴツキーの記号観を検討する。このことは同時に、今日「情動論的転回」と呼ばれているものの検討という(4)の研究課題に直結するものであり、記号の問題に「身体の統御」という観点からアプローチすることによって、「情動の権力」や「制御社会」に関する近年の議論に寄与することを目指している。
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Causes of Carryover |
次年度の国際学会への参加を決定したため、不足することが予想される金額を残した。 2019年7月の国際学会(国際ドストエフスキー協会IDS)への旅費として使用する予定である。
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Research Products
(1 results)