2017 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツにおける人間学的転回と近代文学の成立
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16K02568
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
津田 保夫 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (20236897)
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Project Period (FY) |
2016-10-21 – 2020-03-31
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Keywords | ドイツ文学 / 人間学 / 近代文学 / 十八世紀 / 経験的心理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成29年度は、まず前年度に重点的に行った18世紀ドイツの経験的心理学における無意識的領域の問題に関する調査研究の補足として、とくにフリードリヒ・シラーの文学作品、中でも戯曲『群盗』と小説『名誉喪失による犯罪者』を中心に分析し、そこで描かれた人間の無意識の作用のあり方について考察した。この研究成果の一部は論文「シラーにおける文学と無意識」(言語文化共同研究プロジェクト「文化」の解読(17))として発表した。この論文では、序論においてシラーに至るまでの経験的心理学における人間の心理観察や無意識に関する様々な言説を考察し、シラーの文学創作における人間学的問題意識の背景として提示した上で、具体的な文学作品を分析した。それによって、シラーがその文学作品において人間の無意識のはたらきを具体的事例によって描き出そうとしていたことを十分に示すことができた。 それに続いて、本来の予定であった18世紀中頃までのハレ大学を中心とした人間学的転回の状況に関する調査研究を行った。このテーマに関しては、医学生理学的領域と哲学美学的領域とに便宜上分けることができるが、平成29年度はとくに前者の医学生理学的領域に重点を置いて、その学問史的な流れをたどりながら、人間学的転回が生じてくる過程を調査した。その結果、18世紀初頭におけるオランダのブールハーフェの流れをくむホフマンの機械論的生理学とシュタールの生気論的生理学との対立の状況から、18世紀中葉に至るまでにその両者を仲介する傾向が生じる具体的経緯が浮かび上がってきた。そしてそのような人間学的転回の過程は、クリューガーやニコライ、ウンツァーやボルテンといった当時の新しい医学者たちの著作の中に明確に認めることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度から重点的に行っていた18世紀ドイツの経験的心理学と文学における無意識的領域の問題に関する調査研究については、その成果の一部を論文「シラーにおける文学と無意識」として発表した。この論文に盛り込めなかった部分についてはまた別の機会に論文等の形で公表する予定で準備を進めており、まだ多少の追加的な調査研究を検討する余地はあるものの、このテーマに関しては一定の成果を上げることができたと考えている。 平成29年度に行った18世紀中盤までのハレ大学を中心とした人間学的転回の状況に関する調査研究は、医学生理学的領域は一通りの調査を終え、おおむね当初の予想通りの結果を得ている。この研究成果の一部は平成30年度中に論文にまとめ、公表する予定である。なおこのテーマに関しては、さらに哲学美学的領域の研究も必要であるが、これはまだ現在進行中である。 研究のもととなる資料の収集調査に関しては、2月にフランクフルトのドイツ国立図書館にて行い、18世紀前半から中盤にかけての医学生理学や哲学美学に関する研究文献や近年の雑誌論文などを閲覧し、最新の研究状況を把握した。ただ残念ながら、学務の都合により当初の予定よりも滞在期間を短くせざるを得なかったため、収集できた資料の分量は必ずしも十分とはいえないが、さしあたって必要な程度には達しているので、本年度はその分析作業を進めるとともに、不足分についてはさらに資料の収集を継続して行いたい。 本研究課題は大きく分けると、18世紀ドイツにおける人間学的転回の諸相という思想史的領域の問題と、それに関連した近代文学の成立という文学史的領域の問題との二つから成り立っているのだが、前者に関してはまだ哲学美学的分野の調査が多少は残るものの、全体としてはおおむね終了しており、30年度からは後者の文学史的領域の問題に重点を移行できる予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、まずは29年度に重点的に行った18世紀中盤までのハレ大学を中心とした人間学的転回の状況に関する研究のうち、哲学美学的領域の調査を補足的に行いたい。とくに、いわゆるライプニッツ・ヴォルフ学派の哲学は従来の研究では初期啓蒙主義に分類されているが、その思考の基本的枠組みは人間学的転回においても維持され、大きな影響力を残したと考えられるからである。具体的にはヴォルフのほか、バウムガルテンやズルツァー、マイアーらの美学理論などにおける人間の魂の作用に関する言説の調査を行いたい。 しかしとくに30年度に重点を置きたいのは、医学や哲学あるいは人間学の分野における人間学的転回の影響をうけた近代文学の成立状況に関する調査研究である。まずは文学理論の領域に関して、初期啓蒙主義のゴットシェートらの合理主義的文学理論から感情や想像力を重視するスイス派、感傷主義や敬虔主義、シュトゥルム・ウント・ドラングまでの流れを把握したうえで、とくに近代小説の理論を確立したとも言われるブランケンブルクの『小説試論』を取り上げ、そこで展開されている新しい文学観を考察し、そこにみられる人間学的転回の影響を明らかにしたい。 また実際の文学作品に関しては、ブランケンブルクの『小説試論』で模範的作品として挙げられたヴィーラントの『アガトンの物語』を一つの具体的事例として分析し、その人間学的あるいは近代文学的な要素について考察する。そのほかさらに、演劇や抒情詩の分野でも特徴的な理論や文学作品をいくつか取り上げて検討したい。 そして平成31年度には、それまでの研究成果を踏まえたうえで、人間学的転回によって生じてきた新しい近代的人間像や人間性の理念と近代文学との関連について総合的に考察したいと考えているが、これについても30年度のうちから可能な範囲において準備を進めておくことにする。
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Causes of Carryover |
当初は十日間程度の海外での研究調査を予定していたが、学務の都合により期間を短縮せざるをえなかったため、残額が生じた。この分については次年度に出張期間を延長することによって使用したい。
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Research Products
(1 results)