2018 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツにおける人間学的転回と近代文学の成立
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16K02568
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
津田 保夫 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (20236897)
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Project Period (FY) |
2016-10-21 – 2020-03-31
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Keywords | ドイツ文学 / 人間学 / 近代文学 / 十八世紀 / 経験心理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は、前年度に行った18世紀中頃までのハレ大学を中心とした人間学的転回の状況に関する研究を継続し、とくに哲学美学的領域に重点をおいて、美学の創始者とされるバウムガルテンとその継承者マイアーの活動状況を中心に研究調査を行った。その研究成果の一部は論文「十八世紀ドイツの人間学的転回とハレ大学の学問状況」(言語文化共同研究プロジェクト「文化」の解読(18))として発表した。この論文では、1694年のハレ大学設立から18世紀前半までの学問的状況を分析し、トマジウスによる実用主義的哲学とフランケらの敬虔主義、ヴォルフの合理主義的哲学、医学におけるホフマンの機械論とシュタールの生気論といった相対立する学説が交錯する土壌の中から、バウムガルテンやマイアーによる新しい感性の学としての美学や人間学的思考法が成立してくる過程を考察した。 引き続いて、そのような人間学的思考の影響を受けた新しい文学形式として小説(Roman)のジャンルに注目し、その最初の理論的試みとしてのブランケンブルクの『小説試論』における人間学的近代文学としての小説ジャンルの特徴を検討するとともに、近代的小説の模範的作品とされたヴィーラントの『アガトン』の作品分析を行った。『小説試論』においてブランケンブルクは、古代の叙事詩が「公的な出来事」を対象として「公人としての人間」を描くのに対し、近代小説は「人間の感情や行動」を対象として「人間としての人間」を描くものとして区別して、人間の外的行動と内的感情との関連という人間学的前提を近代小説の重要な要素として提示した。そしてヴィーラントの『アガトン』はまさにそのような人間の「内面史」を外的出来事との関連で描き出しており、理論と実作の両面において、人間学的な近代文学の成立の一つの側面が明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度から行ってきたハレ大学を中心とする人間学的転回の諸相に関する調査研究については、医学生理学的領域と哲学美学的領域の二つの分野を総合的に考察し整理した上で、論文「「十八世紀ドイツの人間学的転回とハレ大学の学問状況」として発表した。また、平成30年度から重点的に行っている近代文学の成立事情に関する研究は、とりあえずその初期の事例としてブランケンブルクの『小説試論』における人間学的小説の理論構築の試みと、その具体的実践例ともいえるヴィーラントによる小説『アガトン』の分析により、人間学と近代文学成立との関連をいくらかは解明し、一定の成果を得ることができたと考えている。この研究成果の一部については、本年度中に論文としてまとめ、公表する予定である。 研究資料となる文献の調査は、平成31年2月にフランクフルトのドイツ国立図書館で行い、今回は主に18世紀の近代文学の理論的著作および文学作品を中心に、テキストや研究文献を閲覧し、資料を収集した。しかし時間的制約のため、得られた資料の分量は必ずしも十分とはいえないため、本年度も引き続き不足の資料の収集を継続するとともに、これまで収集した資料の分析作業を行うこととしたい。 本研究課題の前半部に当たる18世紀ドイツにおける人間学的転回の諸相という思想史的問題については、当初の予定通り医学生理学的分野と哲学美学的分野の二つの領域での調査を終了し、おおむね予定通りの成果を得ることができたと考えている。また、後半部の近代文学の成立という文学史的問題については、その初期の状況についての調査まではすでに行い、これについてもおおむね予定通りの成果は得られている。したがって、現在までのところでは、研究はまずまず順調に進展していると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は本研究課題の最終年度となるため、まずは予定していた研究調査の中でまだ完了していない18世紀後半における近代文学成立期の文学史的状況の調査に、重点的に取り組みたいと考えている。 とくにブランケンブルクの『小説試論』と同年に出版されたゲーテの書簡体小説『若きウェルテルの悩み』は、ブランケンブルクの理論やヴィーラントの小説とは様々な点で異なる性格をもつ近代小説といえるものであり、テキストの綿密な分析や文学史的背景との関連における考察が必要となるだろう。 一方、モーリッツの長編小説『アントン・ライザー』は、ブランケンブルクの小説理論とくにその「内面史」の概念を取り入れながらも、登場人物の心理状態の分析記述を重視する心理学小説という新しい小説形式を試みている。またシラーの短編小説『名誉喪失による犯罪者』では主人公が犯罪を犯して改心するに至るまでの心理状態の変化の過程を外的状況との関連で描き出している。このように、十八世紀後半になると、人間学的性質を持った近代文学が様々な形式において試みられるようになってきており、その状況に関しては、より詳細な分析と考察が必要になるであろう。 シラーはさらに、論文『素朴文学と情感文学について』では、人間の分裂状態を前提とした新しい近代文学の形式を提示している。これは調和を喪失した近代的人間と深く関連した文学理論であり、その後のロマン主義の文学にも大きな影響を与えている。そのため、とくにそこに認められる近代的人間としての芸術家の役割についても考察しなければならないだろう。 そして最終的には、それまでの研究成果を踏まえたうえで、人間学的転回によって生じてきた新しい近代的人間像や人間性の理念と近代文学との関連について、総合的な考察を行いたいと考えている
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Causes of Carryover |
学務の都合によりドイツ国立図書館での調査期間を予定より短縮せざるを得なくなったため、旅費の使用額に若干の余剰が生じた。残額については、次年度の外国での史料調査期間を予定より延長することにより使用したい。
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Research Products
(1 results)