2017 Fiscal Year Research-status Report
創作システムとしての翻訳ーー複数言語と関わる現代ドイツ語作家に即して
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16K02572
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Research Institution | Tsuda University |
Principal Investigator |
新本 史斉 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (80262088)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 翻訳 / 多言語 / 越境 / スイス / 世界文学 / ハンガリー / ジャンル横断 |
Outline of Annual Research Achievements |
現代ヨーロッパ越境文学を代表する作家イルマ・ラクーザの主著である『もっと、海をー想起のパサージュ』を翻訳刊行し(鳥影社、平成30年1月20日)、越境作家多和田葉子による解説「海を想う」と研究代表者による「訳者あとがき」の両者を付した。ヨーロッパを細分化する領土的・言語的境界線を流動化させ、過去の歴史的記憶を立ち上がらせるラクーザの多言語文学作品の現代的意義を伝えるべく、一般読者を念頭に丁寧な翻訳、平易な解説を試みた。 『津田塾大学紀要第50巻』に論文「透明性の詩学ーイルマ・ラクーザ『もっと、海を』における越境者、翻訳者、作者」を執筆し、ともすれば作者自身の「移動」と「越境」の問題に還元されて論じられてきたこの自伝的作品が、実のところ、散文、詩、頭字詩、対話劇、墓碑銘等々さまざまな表現形式を駆使して書かれた、きわめてレトリカルかつ音楽的な、ジャンル横断的作品であることを明らかにした。現代フランス文学作品、現代ハンガリー文学作品の翻訳および批評を通じて学びとった創作手法が、ラクーザ自身の創作活動において実践的に活用されていることを、具体的なテクスト箇所に即して明らかにした。 平成30年4月に東京外国語大学およびゲーテ・インスティトゥートで行われる、イルマ・ラクーザ、多和田葉子を迎えての作品朗読・討論会の準備を進めた。その準備作業を進めていく中で、文学研究者、批評家としても現代ヨーロッパ越境文学に精通しているイルマ・ラクーザからの助言を受け、現代ハンガリー文学の翻訳からドイツ語の創作へと進んだ次世代の越境作家、クリスティーナ・ヴィラーグ、テレジア・モラの作品を、本研究の研究対象へ組み入れることとした。 スイス、プロ・ヘルベチア財団の援助を受けて平成30年5月に津田塾大学で開催するスイス新刊書翻訳ワークショップの開催準備を進め、クリスティーナ・ヴィラーグの新著の抄訳作業を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度に得られた翻訳助成により本年度イルマ・ラクーザの主著を翻訳刊行し、あわせて翻訳と創作の連関からイルマ・ラクーザ論を執筆したことで、本研究課題の核心をなす方法論である、翻訳実践および作品分析、両側面からの研究対象へのアプローチを、予定通り進めることができたと考えている。 平成30年4月の二人の作家を迎えての朗読・討論会では、個別作家研究を越えたレベルで「翻訳の創造性」について議論をおこない、本研究をさらに深めていくための多くの知見を得ることができた。 また、現代ハンガリー文学翻訳経験からドイツ語作品創作へ進んだ<翻訳者=作家>のさらなる事例として、ライプチヒ書籍市翻訳賞(2012年)も受賞しているクリスティーナ・ヴィラーグをあらたに翻訳対象、研究対象に繰り入れたことで、本研究のさらなる発展が期待できると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、4月に、イルマ・ラクーザ、多和田葉子を招き、現代越境文学研究に造詣の深い山口裕之教授(東京外国語大学)とともに、東京外国語大学、ゲーテ・インステイトゥートにおいて、作品朗読・討論会を開催する。 5月には、津田塾大学においてスイス新刊書紹介翻訳ワークショップを開催し、クリスティーナ・ヴィラーグの長編小説『こんな夜の一つに』の抄訳および解説を行う。 6月には、スイス文学会において、イルマ・ラクーザ、スザンナ・ガーゼ、クリスティーナ・ヴィラーグなど、ハンガリー語からドイツ語への越境・翻訳活動を経験しつつ、創作活動を進めていった作家の創造性について報告を行う。 その後は、上記のテーマを深化させ、学術雑誌『ドイツ文学』の特集への論文投稿、もしくは、平成30年度『津田塾大学紀要51号』への論文執筆を予定している。 現代ハンガリー文学からドイツ語への翻訳経験を経てドイツ語作家となった、クリスティーナ・ヴィラーグ、テレジア・モラら、イルマ・ラクーザに 続く世代の<翻訳者=作家>を中心に、越境経験の言語化がいかに継承され、変容していくか、個人を超えた文化的記憶の面から も、翻訳と創作のインターフェースについて考察をすすめていく予定である。
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Causes of Carryover |
平成30年4月開催のイルマ・ラクーザ、多和田葉子の朗読・討論会に際して、イルマ・ラクーザ氏の来日渡航費支出を平成29年度末に予定していたが、帰国旅費分についてはゲーテ・インスティトゥートが負担することとなったため、その分だけ科研費からの支出が減少することとなった。 これについては、新たに研究対象に繰り入れた作家に関わる文献の購入にあてることとし、平成30年度内に支出する予定である。
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Research Products
(2 results)