2016 Fiscal Year Research-status Report
日本語を中心とした比較統語論に基づくラベリングの研究
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16K02647
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Research Institution | Nanzan University |
Principal Investigator |
斎藤 衛 南山大学, 人文学部, 教授 (70186964)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 比較統語論 / 極小主義アプローチ / ラベリング / フェイズ / 転送領域 / Wh疑問文 / 非顕在的移動 / 文法格 |
Outline of Annual Research Achievements |
極小主義統語論における主要な研究テーマとして、言語間変異をどのように捉えるかということがある。このテーマを追求するために、(1) wh疑問文の日中語比較、(2) 転送領域の日英語比較を中心に研究を進めた。 (1) 英語等の言語においてはwh句を文頭に前置するが、日本語や中国語はそのような規則を有しない。Wh前置は、‘[for which x] … x …’という形式の演算子―変項関係の解釈を可能にするものであり、日中語のwh疑問文がいかなるメカニズムに基づいて解釈されるかが問題とされてきた。Huang(1982)は、中国語のwh句も非顕在的に文頭に移動するとの仮説が提示し、一方で、Tsai(1994)は、中国語のwh句は、演算子・変項関係を形成するのではなく、変項として解釈されるが故に、前置されないとする。本研究では、日中語間の差異にも注目して、中国語についてはTsaiの分析を採用し、日本語については非顕在的なwh句移動があるとすることにより、二言語の共通性と相違を的確に捉えうることを示し、極小主義統語論に関する帰結を論じた。 (2) 自然言語においては、再帰代名詞とその先行詞との関係などにおいて局所性が観察される。また、Quicoli(2008)などにより、この局所性が、統語構造を解釈部門に転送する領域(単位)に基づいて説明されるとの仮説が示されている。然るに、日本語のような「一致」を欠く言語では、印欧語とは局所性に相違が見られる。本研究では、一致の有無に言及する形で、転送領域の新たな定義を提案し、この言語間変異に分析を与えた。さらに、その帰結して、「例外的」とみなされてきた例外的格付与構文を通常文として分析することが可能になること、Hornstein(1989)等による制御の移動分析が、極小主義統語論の仮説群と一貫することなどを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究は 順調に進んでおり、分析を提示するのみならず、予想を超えて多くの理論的帰結を示すことができた。Wh疑問文の日中語比較について得られた結論は、独創的なものである。中国語に関するHuangの非顕在的移動分析は、日本語にも適用され、多くの論文や研究書が公刊されている。また、後続するTsaiの変項分析も、日本語研究において取り入れられ、現在は主流となっている。本研究は、日中語の差異に基づいて新たなアプローチを提唱するものであり、また、日本語wh句の非顕在的移動に関するデータから、移動の一般的性質についても新たな提案を行なっている。この研究成果は、“Japanese Wh-Phrases as Operators with Unspecified Quantificational Force”と題する論文にまとめ、台湾中央研究院がオランダJohn Benjamins社から刊行する専門誌Language and Linguisticsに、featured article(慫慂論文)として公表した。 転送領域に関する研究は、日英語間で観察される局所性の相違から出発しているが、提案した転送領域の新たな定義は、この相違を捉えるだけではなく、英語の照応形(再帰代名詞、相互代名詞)や移動の局所性の分析に関する従来の問題を解決するものである。また、上述したように、例外的格付与構文や制御文の分析の捉え直しなど、極小主義理論が制限された枠組みを有するが故に多くの帰結を伴う。この研究は、コネティカット大学言語学科の大学院セミナーにおいて、2017年1月に発表した。来年度も継続して研究を進める予定であるが、基本的な考えは、“A Note on Transfer Domains”と題する論文として、南山大学言語学研究センターが刊行するNanzan Linguisticsに発表した。
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Strategy for Future Research Activity |
(1) 転送領域に関する研究を継続して遂行する。まず、今年度の研究成果を論文にまとめ、公表する 。(日本英語学会 English Linguistics、慫慂論文) 次に、今年度の研究で一致の有無に言及する転送領域の定義に至ったが、これを作業仮説として、日本語における例外的格付与構文、使役構文、可能構文など従来問題とされてきた現象の分析に取り組み、その帰結を追求する。また、wh移動の局所性(島の制約)を転送領域の定義から導く研究を進めているコネティカット大学のZeljko Boskovic教授と共同研究を行って、より広範な事実を捉えうる仮説の提示をめざす。 (2) 上記研究と密接に関連する研究テーマである日本語文法格の与値メカニズムに関する研究を開始する。日本語文法格については、2014年に“Case and Labeling in a Language without phi-feature Agreement”(On Peripheries: Exploring Clause Initial and Clause Final Positions、ひつじ書房、269-297)と題する論文を発表しているが、特に主格目的語の分析を再考して、転送領域に関する研究成果と整合性のある形に発展させる。文法格研究においては、言語比較が特に重要となることから、上記Boskovic教授に加え、ケンブリッジ大学のIan Roberts教授とも共同研究を行う。 (3) 日本語文法の類型的位置付けおよびその極小主義アプローチの下での分析について、来年度は一定の目処が立つことが予想される。研究をさらに発展させるための基礎として、研究成果の中間報告として学術書を執筆することを計画しており、原稿を来年度中に仕上げたい。(ケンブリッジ大学出版会)
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Causes of Carryover |
コネティカット大学に滞在して、Zeljko Boskovic教授、Ian Roberts客員教授と共同研究を行う予定であったが、それぞれの研究が進展を見せていたため、今年度はメールによる意見交換とし、集中的な討議を来年度に延期したため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
必要な図書の購入、校閲謝礼の支出に加え、共同研究および研究成果発表のための外国旅費の申請を予定している。共同研究のための出張先はコネティカット大学であるが、研究成果を発表する学会はこれから決定する。
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