2018 Fiscal Year Research-status Report
印欧祖語とラテン語の中間段階がもつ言語特徴について
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16K02669
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Research Institution | Kobe City University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
西村 周浩 神戸市外国語大学, 外国学研究所, 客員研究員 (50609807)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ラテン語 / humi-rule / アクセント / アスペクト / 結果相 / 完了 |
Outline of Annual Research Achievements |
言語は時とともに変化する。その変化を可能な限り動機付けるのが歴史言語学の重要な役目である。ある言語の直接的な歴史は最古層の資料をもって始まり、そこからの変遷を時代毎に辿ることができる。その一方で、資料のない悠久の時代における言語状態も比較言語学の手法により研究対象となる。中でも、インド・ヨーロッパ(印欧)語族を取り扱う領域では、サンスクリット語やギリシア語などの諸言語が提供する資料を活用することで、紀元前4,000年紀に存在したとされる「印欧祖語」を理論的に再建し、そこから諸々の言語が分岐したと考える。それゆえ、個々の語派・言語の歴史は、最古の言語資料が現われるよりも前の時代に遡ることができる。しかしながら、実際の資料が欠落していることに発する研究上の壁にぶつかることもある。ただ、そのような場合でも、文法のどの領域が問題となっているのかを特定することで、言語変化の複雑な流れをある程度正確に理解することが可能である。印欧語族イタリック語派の主たる言語であるラテン語や同時代の隣接地域で話されていた同系統のサベル諸語もそうした方法の適用が当てはまるケースが多々ある。そのような視座の下、本プロジェクトは、印欧祖語からラテン語・サベル諸語へと至る通時的変遷の途中段階を活写する形で捉えようとする試みである。 以上のような目標を達成するには、まず、先史時代における言語状態の分水嶺となる決定的な変化を絞り込むことが不可欠である。2018年度出版の論文で特に注目したのが、ラテン語のいくつかの語彙に見られる母音の変化であり、これを先史時代のアクセント規則によって説明した。そこから得られる知見はラテン語をサベル諸語から分け隔てる基準としても有用と考えられる。また2018年度は、ラテン語におけるアスペクト標示の形態的材料が印欧祖語からどのように引き継がれたのかという問題も重要課題であった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」において言及した諸テーマについて考察を進めた結果、仮説を証明するに至るような成果を得ることができた。まず、ラテン語のhumi ‘on the ground’という語形に見られる母音の変化について考察した。この語はhomo ‘human’と語源的に関係があり、母音uも元々はoであったと推定される。しかし、oがuに変化する理由については長年明らかにされてこなかった。私は、開音節の核となっている母音がmの前という位置でuあるいはoが現われる例を収集し、母音の選択がどのようなメカニズムに則って行われているのか分析した。その結果、印欧祖語における再建形を考慮することで、アクセントの有無が関与していることをつきとめた。すなわち、アクセントのない母音oはmの前でu変化するというものである。本論ではこれをhumi-ruleと名付けた。この規則が示すアクセント付与の状況(humiの例の場合、最終音節にアクセント)を見ると、古典語として習うラテン語の規則とは異なり、さらに、ラテン語の古層に想定されている初頭音節強勢付与規則とも違っている。したがって、ラテン語はこれらの規則よりも以前に印欧祖語のアクセント規則を一定期間保持することで当該音変化を被ったということが明らかとなった。この成果は、UCLAのBrent Vine教授の記念論集に掲載された。 ラテン語の形容詞のうち、接尾辞-wo-/-uo-によって形成されるものについても重点的に研究を進めた。この接尾辞は主に動詞語根に付与されるが、その形成法によって派生される形容詞の意味には語根が表わす動作の結果状態が含意されている。このことから接尾辞内のw/uが特にその役割を担っているとの仮説を立て、その成果はドイツのイェーナ大学で行われた学会で発表。一定の評価を得ることができた。現在、論文としての出版に向けた最終調整を入っている。
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Strategy for Future Research Activity |
現在、ラテン語の鼻音折中辞について研究を進めている。印欧祖語においては、この折中辞は動詞語根から現在語幹を派生する機能をもっていたものとして知られている(自動詞の他動詞化という役割も有していたが、他動詞語根にも使用が拡大した)。したがって、多くの印欧諸言語で現在語幹に限られた分布が観察されている。しかし、ラテン語はこの鼻音折中辞をいくつかの動詞において完了語幹や完了分詞にまで拡げている。なぜこのような現象が生じたのか。ラテン語研究史の長い伝統の中でもこの問いに直接的な答えを与えた研究はない。私はこの空白を埋めるべく具体例の詳細な研究を行い、動詞が示す意味論的な特徴に着目。説得力のあるメカニズムが構築されつつある。これにより、本来限定的であった鼻音折中辞の機能をラテン語がどのようにして変えていったが明らかになるだろう。この成果は、近々開催される国際ラテン語学会で発表することが決まっており、その後もさらに内容を深めていくつもりである。 これ以外にも、ラテン語が印欧祖語から引き継いだ格形のうち、r所格と呼ばれる形式が形容詞派生のベースと考えられるケースについて分析を進めている。r所格は印欧祖語においても散見される程度のもので、これがラテン語でどのような継承のされ方をしたのか明らかではなかった。ラテン語では特に時間表現に関係する形容詞にr所格が一次的にも二次的にも関わっている。時間を示す語彙としては、ラテン語にはsで終わるものも見られ、「昼」「夜」を意味する副詞がその典型例である。このsの来源を巡っては、多くの研究者が分析を試み、格語尾の名残と見なすなどいくつかの提案が行われてきたが、解決が困難な問題点も残してきた。私は新たな角度からそのsの機能を見直し、論文としてまとめつつあるところである。
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Causes of Carryover |
「今後の研究の推進方策」でも述べたように、現在、ラテン語が印欧祖語から継承した鼻音折中辞について研究を推し進めており、先行研究では完全に見過ごされてきた点について仮説となるメカニズムを構築しつつある。私はこのトピックに平成30年度の終盤から取り組んできたが、その成果発表の機会を、2019年度6月にスペインで開催される国際学会(「今後の研究の推進方策」参照)に得たため、その出張費用の一部にあたる額をもち越すこととした。
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