2018 Fiscal Year Research-status Report
「逆説」のミドルマンーコーカサス総督府通訳官と「オリエント」ー
Project/Area Number |
16K03002
|
Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
前田 弘毅 首都大学東京, 人文科学研究科, 教授 (90374701)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | ジョージア / グルジア / アルメニア / 帝国 / 通訳 / 多言語 / イラン / ロシア |
Outline of Annual Research Achievements |
研究三年目は、“Hirotake Maeda, “Lives of Enikolopians: Multilingualism and the Religious-National Identity of a Caucasus Family in the Persianate World”, Abbas Amanat and Assef Ashraf eds., The Persianate World: Rethinking a Shared Sphere, Leiden and Boston: Brill, 2019, 169-195を発表することで、研究の初期の成果を英文で纏めることができた。この中では、過去収集した家系の詳細やペルシア語、グルジア語、アルメニア語、ロシア語など多言語史資料解読による複雑な歴史の再構成に努めた。そして、単に通訳官という職種のみならず、言葉を翻訳することの政治的・社会的意味をより広く問いかけた。近代という時代および中東社会という地域史についても一定の貢献を得たと考える。「ペルシア世界」という近年注目される広域世界に関する水準の高い論文集に論文を掲載することができたこともまた研究成果の発信の観点からも大きな成果といえる。また、近代コーカサス史に関する概説を執筆したが、これも中央ユーラシア史研究の更なる深化に向けた貢献と考える。境域地域コーカサスの歴史が、周辺世界との連関で成り立っていることもあらためて強く認識した。このほか、ジョージア/グルジア人若手研究者のオクロピリ・ジクリ氏と共同で複数回の研究発表を行った。その中ではサファヴィー帝国支配下のジョージア/グルジアの貴族がギリシア語の福音書をオスマン帝国支配下のギリシア製教聖地に寄贈した際のジョージア/グルジア語テキストについて解析を行った。これも多言語主義に関する本科研の重要な成果と考える。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コーカサス地域の地政学的複雑性と多民族性、そしてジョージア/グルジア王国とその上位権力たる帝国の複合性を象徴する存在であるエニコロピアン家の歴史について、英文での論文を発表できたことは大きな成果であった。発表の場となった論文集自体もペルシア世界を地域も時代も広くとらえた著作であり、他の論考の考察もまた、本科研の研究課題の深化に大きく貢献するものである。また、近代という時代について、コーカサス地域史の観点から考察を深める機会も得た。このように、とりわけ地域の重層性を確認していく作業は順調に進展しているといえる。また、今年度も複数回の海外調査を行い、本研究の目指すヒトとモノの「移動」と「伝播」の世界史について多くの知見を得た。内蒙古や東欧も含めた実地調査では、農牧接壌地域の環境と歴史について、本科研にも関わる多くの成果を得たと考える。他地域・他分野の研究者との意見交換の機会にも恵まれ、本研究の枠組みを広げる上で特に「国家」の相対化について知見を得ることができた。本研究では、分断・分節化によってこれまでの研究では必ずしもきちんとした評価を受けていなかったミドルマンに注目しているが、コーカサスという地域全体がミドルグラウンドの特性を持つ地域の特性まで視野に入れることが出来た。
|
Strategy for Future Research Activity |
次年度は、これまで同様に多言語の史資料の収集と解読が必要である。また、本課題のために残された期間について、より動態的な一族の歴史の把握に努めていきたい。すでにロシア語等の史料から、境界を越えた一族の複雑な交渉について手掛かりを得ているので、この問題についてより深く調べていく必要がある。さらに、ミドルマンが単に通詞として果たした役割以上のいわば「つなぐ役割」に注目する本研究では、特にコーカサス現地における「オリエント」の認識や受容についても理解を深めることを意図している。地域認識や自己認識について、歴史的展開を押さえた上で、「伝統」の内実についても理解を深めていく必要がある。その上で、近代という時代がコーカサス地域社会にもたらした影響をミドルマンやミドルグランドといったタームで表現することの可能性と限界もまた浮かび上がるであろう。後者の問題については、日本史や西洋史の研究者との意見交換にも今後も積極的に努めていく必要がある。また、欧米の研究との接続についても自覚的でなければならないと考える。研究成果のとりまとめについても検討を重ねる必要がある。
|
Causes of Carryover |
2018年度は海外での研究調査及び研究報告の機会に恵まれた。そのため、国外の研究者との意見交換や、史蹟の調査などを進めることが可能となった。その一方で、関連研究に関する書籍の収集や購読について十分ではなかった。この点については、関連研究の出版もあるので、より自覚的に資料収集に努める必要がある。また、研究成果の中間とりまとめのために多くの時間を割いたために、その点でも国内の研究期間への史資料調査や研究者との意見交換の時間が限られた。この点については研究4年目を迎えることから、研究の広がりを確保して成果発信に努めるためにも、次年度はより積極的に国内外の研究期間や研究者との研究ネットワークの構築に努めていく必要がある。
|