2017 Fiscal Year Research-status Report
中世軍学書の形成と継承-聖教の俗人への伝授とその実態-
Project/Area Number |
16K03027
|
Research Institution | Aichi Gakuin University |
Principal Investigator |
福島 金治 愛知学院大学, 文学部, 教授 (70319177)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 兵法書 / 聖教 / 修験者 / 地方暦 / 密教僧 / 島津氏 / 相良氏 / 願成寺 |
Outline of Annual Research Achievements |
中世において密教聖教類や修験道の次第書と関連して生まれた兵法書が、やがて俗人に伝授されて独自の兵法書として機能していく状況を解明するために、東京大学史料編纂所所蔵「島津家文書」のなかの兵法書群、および、肥後人吉相良氏の菩提寺である「願成寺文書」(熊本県人吉市)の調査を行い、研究発表3本、研究論文(投稿中)1本を完成させた。 (1)史料収集 「島津家文書」中の兵法書群、および「願成寺文書」の印信類や兵法書をマイクロフィルムによって閲覧し、コピーで収集した。その作業によって、次第本の兵法書とともに兵法の思想を語る書物として「島津家文書」では『刑罰治国慮理撫民武用記注上』、「願成寺文書」では『仏説弓法陀羅尼経』を確認できた。前者は、島津氏重臣村田経通相伝本で薩摩国の修験道場として知られる冠嶽山鎮国寺住持歓久から相伝本で、後者は相良家当主相良義陽の手沢本で願成寺僧からの伝授本であった。これらにより、密教・修験者による伝授が基盤となり、やがて世俗に伝授されて兵法書として重視されていく道筋にあることを確認できた。 (2)研究の報告 論文としては、「島津家文書」の兵法書のなかに含まれる『大唐陰陽書』を素材にして「延慶改元・改暦への鎌倉幕府の関与について-『大唐陰陽書』付載文書の検討をてがかりにして-」を論文にまとめて投稿した。現在、査読審査中である。研究発表は、「戦国時代の都城の兵法書と地方暦」(都城島津伝承館企画展講演会、都城島津邸)、「密教聖教と兵法書の間-肥後人吉願成寺の聖教-」(第30回斯道文庫講演会、慶應義塾大学附属研究所斯道文庫)、「中世後期における地方暦と地域社会」(新陰陽道叢書執筆者研究交流会、愛知学院大学)の3本の報告を行い、兵法書の伝来とその内容、地域における兵法者の役割、兵法書をめぐる遠隔地との僧の交流などについて発表を行い、問題点を指摘していただいた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)研究成果の発表 論文1本を投稿し、3本の研究を口頭発表した(タイトルは【研究実績の概要】を参照のこと)。「島津家文書」中の兵法書の概要は、平成29年度に「戦国期における兵法書の伝授と密教僧・修験者」(『生活と文化の歴史学9 学芸と文芸』(竹林舎)のなかで公表した。兵法書に裏付けをもつ日取りや雲気の判断は甲斐武田氏の『高白斎記』にもうかがえ、同書からは地方暦の実態もうかがうことができる。このことは、「島津家文書」の兵法書で知られる事象が特殊ではなく、当該期の他の大名領国でも共通する側面を示すことを意味していよう。 (2)兵法書と地域残存の資料との関連性 「島津家文書」中の兵法書の伝授者の一人である中世末・近世初期の兵法者石坂久朗は近世には修験の防火の神として信仰されていたことを、近世文書および地域に残る碑文から確認することができた。石碑の残る場所は都城市高城町・曽於市財部町などで、河の渡し場や町の入口といった地点であり、修験者が町や領域の境界警備等をになっていたものが、やがて防火の地域神と変じたといった歴史的過程を確認できた。これにより、兵法者としての修験者が合戦の消滅という近世への転換の中で村の修験者に転換していった姿を確認できる例となった。 (3)「島津家文書」中の兵法書に含まれる軍暦から考えて、密教寺院における師匠から弟子への法の伝授証文である印信にうかがえる地方暦にありかたは、兵法書が密教僧を媒介に伝授されている点からみて、深く相関連するものであることが想定できるようになった。 (4)兵法の非合理姓やその一方での分国主の心構えの基盤にある密教的な考え方は、越前国の大名朝倉氏の「朝倉英林壁書」に明白であったが、そこにみえる考え方は「島津家文書」の『刑罰治国慮理撫民武用記注上』、「願成寺文書」の『仏説弓法陀羅尼経』と共通する側面を有していることが確認できた。
|
Strategy for Future Research Activity |
(1)論文の作成 平成30年度は本科研の最終年度であり、現在、上記の作業で行った成果の論文を作成中である。論文は、「中世後期南九州の兵法書とその伝授」「中世後期における地方暦と地域社会」の2本であり、前者では石坂久朗の関係聖教類を中心に修験者の伝授された兵法書の内容を分析するとともに地域における兵法者の近世への転換を具体的に示したいと思う。また、後者では「島津家文書」中の兵法書にみえる軍暦と地方暦との関連、派生して中国・明の暦である「大統暦」の記載がみえることから南九州諸領主と明暦との関連も指摘したいと思う。この作業により、南九州の暦や兵法書のありかたと修験道・密教との関連性が明確になると考える。 (2)科研報告書の作成 科研報告書では上記の論文作成作業とともに、収集した資料類を整理して翻刻したり、資料類の目録類を完成したいと考えている。具体的には、『刑罰治国慮理撫民武用記注上』『仏説弓法陀羅尼経』の翻刻・紹介、人吉願成寺の印信の僧侶別の目録の作成などである。特に、夏の期間にこれらの作業に集中して取り組みたいと考えている。 (3)今後の研究課題 科研の期間である2年とその準備に作業した数年をあわせた調査研究の結果、南九州の領主・寺院に伝来した聖教類に兵法書が混入していること、その生成に密教僧や修験者が密接に関与していることが明白になった。また、他の地域で確認した資料にも、京都や豊後の領主の文書類に兵法書や武芸書が確認でき、また、関東では横浜宝生寺文書の聖教類に兵法書を確認できた。現在、例えば四国での札所の聖教調査など、各所で聖教類の調査が行われ目録類が整備されつつある。今回の兵法書に関する検討が、こうした作業と相関連するようになれば、兵法書を全国的に位置づけ、ひいては戦国期の思想などの解明につながることになると思われる。それらの基盤となるような研究にしたいと考えている。
|
Causes of Carryover |
物品費などで使用が間に合わない部分が発生した。 平成29年度残額13,139円、平成30年度500,000円をあわせた513,139円について、史料調査旅費・物品購入費・科研報告書印刷費に使用する予定である。
|