2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K03031
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Research Institution | Research Institute for Humanity and Nature |
Principal Investigator |
伊藤 啓介 総合地球環境学研究所, 研究部, プロジェクト研究員 (10733933)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 日本中世史 / 経済史 / 会計史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、中世日本の荘園制における金融構造を、荘園領主の資金繰りに焦点をあてて、実証的に明らかにすることにある。先行研究により荘園制における金融取引の重要性は明らかになっている。だがその詳細については、荘園領主への金融や、商人の致富が論じられるだけで、荘園領主の返済原資や、金融業者の資金調達や回収といった、金融構造の議論が十分にはなされてこなかった。室町幕府財政論にせよ、京都の都市論にせよ、金融業者である土倉や酒屋たちの位置付けは重要にもかかわらず、その活動が構造的に議論されていない現状は問題である。本研究では荘園領主の活動を、収入・支出といった資金繰り会計的な側面から検討することで、荘園制における金融構造の全体像を明らかにする。 そのために、東寺百合文書をもとに、荘園領主としての権門寺院「東寺」の、荘園経営のありようを示す史料を集め、それを中世の現実に沿った形であらたに解釈・検討し、その金融活動を担った荘園代官・寺官層の僧侶たちの活動を、金融取引の詳細を中心に明らかにして、荘園領主の金融活動を総体的に論ずることで、荘園制における金融構造とその変遷を明らかにすることをめざす。 本研究は荘園制における金融の重要性に注目する研究史の流れを継承しつつ、「荘園領主」という、中世の有力な金融取引の主体の全体像を明らかにしようとするものである。金融面という形で視角は限定されているが、荘園制における重要なプレイヤーである「荘園領主」の経営の全体像を明らかにすることで、現状の「研究のタコツボ化」から脱却する第一歩となりうるものである。本研究は、銀行員として経営実務に携わった経験があり、かつ歴史学者として実証の訓練を受け、研究実績もある申請者にしか発想しえないものであり、中世金融史研究のみならず、荘園史研究を通じて、中世史研究全体も前進させる意欲的なもの、といえよう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
1年目に予定されていた、荘園の帳簿類の集積は、東寺領荘園を中心に一定程度の進展をみた。特に京都西郊に位置する東寺領上・下久世荘の史料を中心に、関連する帳簿類、荘園代官の請文、収税額を定める内検帳、一年毎の散用帳などについて、14から15世紀にかけて、荘園側の収税にかかわる史料をかなりの程度、集めることができた。そのほかの荘園についても、播磨国矢野荘、備中国新見荘などについて、同様の作業を進めている。今後はこれらの史料から、さまざまな東寺の収入について、各荘園毎、東寺内での各自治組織、特に上・下久世荘を抱える鎮守八幡宮供僧方を中心に、その財政の全体像を明らかにすることができるだろう。 ただ「やや遅れている」と評価したのは、これらのデータの、表計算ソフトへの入力が遅れていることである。これにより一年毎のデータの推移の図表化などによる、定量的な解析も遅れていることになる。 一方で、当初は2年目に予定されていた研究事項である、東寺寺内組織の運営で利用された、寺僧同士の互助的な金融組織帳簿類の検討については、作業の進捗がみられた。寺僧の資金調達と債権管理の様相と、その経営内容がよくわかる史料がみつかったのである。具体的には、数年分の貸付と資金調達の様子がわかる管理帳簿が見つかり、寺僧がどのように資金を調達し、どのような相手にそれを貸し付け、さらにそれをどのように管理していたのか、さらにそれが、東寺の寺内組織(公文所・造営方・供僧方・学衆方)の構造に沿った形で、議論することの準備が可能になりつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、荘園の帳簿類の集積については昨年と同様に進めていく。まず、遅れている既収集の史料の内容の表計算ソフトへの入力を推進していく。次に現在収集中の、東寺領荘園ほかの史料の収集もあわせて進めていく。もし可能であれば、東寺領以外の、例えば東大寺領荘園などにも範囲を広げてゆきたい。そのようにして財政の、残存史料の範囲内での全体像を把握したうえで、グラフ化や図表化により、収入の増減や財政規模の大小の推移を明らかにしたい。さらにその推移と、同時期の政治・社会、さらには気候などの環境の変化とを比較することで、荘園経営のありようとその変化について、新たな知見が得られることが期待できる。 また2年目に予定されていた、東寺寺内組織の運営で利用された、寺僧同士の互助的な金融組織帳簿類の検討については、2016年度に進捗した内容をさらに発展させたうえで、論文化に注力する。いままで漠然と、資産を運用していたとされてきた寺僧たちが、どのように資金を調達し、どのように運用していたのか、それを寺内組織の構造との関係から論じることを目指す。資金調達先と貸付先、さらにはそれらを可能にした信用の源泉である収入を明らかにすることで、荘園領主の経済と、都市の経済との関連を明らかにする。このことは中世における都市と荘園制・都市と農村の関係について、金融という側面からみた結びつきに新たな光を当てることとなり、中世日本の荘園制における、金融の役割について、新たな側面を描きだすことが可能となるだろう。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、以下の二つである。第一に、予定されていた図書の購入計画がうまくすすまなかったことである。荘園関係の史料収集が一定程度すすみ、次に荘園の財政と南北朝~室町期の荘園制の全体像についての史料集や論文集を揃える予定が、そこからの分析作業が遅れたため、図書の購入計画が予定通りにたてられなかったこと、つぎに、東寺寺内組織の金融組織帳簿類についての研究が予想よりも進んだため、やはり図書の購入計画に影響したこと、以上二つが理由として挙げられる。 第二に、東京の史料編纂所への出張が思うようにできなかったことである。本務上の研究作業によるほか、上記のような研究計画のちぐはぐな進み方により、史料閲覧の計画がうまく立てられなかったのが原因である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度の使用計画について述べる。まず図書の購入については、2017年度の早い時期に計画をまとめなおし、購入を前倒しで進めていく。2016年度は研究の遅れによって次年度使用額が生じたが、室町時代の古記録類や、荘園関係の史料を収めた自治体史など、史料集や図書の収集範囲を広げることで、このようなことがおこらないように、対応する。 旅費の未使用額については、昨年よりも遠距離への学会への参加(古文書学会大会が沖縄で予定されているなど)に充当すること、また、研究の進捗とともに史料閲覧を計画的に行うことで、史料編纂所への出張回数を増やすことで対応する。このほか2017年度には、パソコンの買い替え費用などが見込まれており、これと関連機器などの購入も計画している。
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