2016 Fiscal Year Research-status Report
19世紀中半のアメリカ合衆国における太平洋像とそこに映し出された合衆国理解の研究
Project/Area Number |
16K03106
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
遠藤 泰生 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (50194048)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 西洋史 / アメリカ合衆国 / 大西洋 / 太平洋 / 世界認識 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究プロジェクトの第一の目的は「海のアメリカ史」の基盤を築くことにある。楽園や豊穣の空想をはぐくむ異文化空間であり、覇権国家間の紛争の舞台であり、貿易や労働者の移動ネットワークで結ばれた広大な経済圏でもある太平洋を、陸の活動の延長の舞台としてではなく、それ固有の歴史が紡がれた独自の社会空間として把握し直すことがさしあたっての目標となる。 研究初年の今年度は、二次史料の収集と先行研究における成果の批判的読解に第一の比重を置いた。例えばアーサー・ダッデンからブルース・カミングスにいたるまでの太平洋の覇権をめぐる米国における通史理解、一方での、アラン・コルバンらのフランス史家、リンダ・コリーらのイギリス史家が展開する海の観念に関する研究、そうした流れが個別にアメリカにおける太平洋史研究には流れ込んでいる。しかし日本には前者の流れこそあれ、後者の系譜に位置する太平洋史の理解はほとんどないことが初年度の調査では明らかになった。 この研究上の陥穽を埋めるために、19世紀中半、太平洋に限らず、大洋空間全般に意識を高め始めた合衆国で芽吹いた海洋文学、海洋科学の流れを追い始めた。具体的には、Two Years Before the Mast (1840)の著者、リチャード・ヘンリー・ダナJr.(1815-1882)、及びマシュー・フォンテイン・モーリ(1806-1873 )の二名に焦点を当て、未踏の空間であった太平洋での体験と、その空間に関する科学情報の収集が、米国の太平洋理解をどのように肉付けしていったかを分析し始めた。特に、国立公文書館(NARA)所蔵の海軍海洋情報管理局の文書、ハーヴァード大学のシュレシンジャー研究図書館(Schlesinger Research Library)に所蔵されるダナ家文書などを調査し、分析を開始することに初年次は時間を費やした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
19世紀合衆国の太平洋の歴史は、日本においてはとくに、第二次大戦が象徴する日米衝突の前史として研究されることが多かった。海軍、捕鯨船、貿易商人などを軸とする海事史においても同様である。 これに対し本研究プロジェクトでは、地球大の空間に合衆国を再定位させるのに必要な科学知識や、未知の空間に対峙した折に見出される新しい自己理解の探求の一部として太平洋への進出を捉えた人々の心性を把握することに努める。その具体的作業として、初年次においては、ハーヴァード大学マップ・コレクションが所蔵する古地図群に表象された太平洋空間の分析、ワシントンDCに所在する国立公文書館(NARA)に所蔵された海軍海洋情報管理局の文書分析を進めた。前者では、16世紀以来の西洋古地図全般に描かれた未知の空間が、幾多の探検航海で積み上げられた発見や船員の海洋体験を下地に、科学的な地図に精緻に表象され直す過程を追っている。海洋の体験知を最初は視覚的に紙面に落とし、続いて異なる他の体験知との比較相対化の過程で、より客観的な情報を磨きだし、それを地図制作者が海図化した過程を描出したいと考えるが、合衆国で発行された海図を通時的に網羅する文書館はまだなく、分析はようやく端緒を開いたばかりの感が強い。一方後者では、初代局長であったマシュー・フォンテイン・モーリが、同じ海軍内の指導者的立場にある者、例えば日本遠征をやがて指揮することになるマシュー・カルブレイス・ペリーらと海洋情報を交換し、さらにはその成果をイギリスやドイツの海洋情報管理局とも共有することで、海洋科学における国際ネットワークを切り拓きつつあった様子をうかがい見ることが出来た。ただし、海軍関係公文書は、その全てを保管する義務がこの時代まだなかったため、その活動の全貌を今後どのようなかたちで浮き彫りにすることができるのか、模索中である。
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Strategy for Future Research Activity |
科研費で購入した刊行史料、および、米国の各種公文書館で収集した史料の読解、分析を続ける一方、さらなる史料調査を合衆国で行いたい。 具体的には、ハーヴァード大学シュレシンジャー研究図書館が所蔵するダナ家文書を引き続き調査し、19世紀中半の合衆国で上流階級の子弟にとってのグランド・ツアーの目的地に太平洋がなりつつあった文化的背景、その文脈を検討する。これには同時代の雑誌記事、海洋小説の分析なども必要になる。ハーヴァード大学諸図書館、およびボストン公立図書館での史料調査が有用になる。 一方、海図史料の収集と読解を続け、とくにメリーランド州カレッジパークの国立公文書館新館(NARA II)が所蔵する海軍海図課の19世紀海図原図およびその制作関連文書を調査し、読む。ドイツ、イギリス、フランスなどの海軍海洋情報局とアメリカ海軍海洋情報局との間には、国益の壁を越えた科学者の知的ネットワークが存在したことが、各国が刊行する海図における情報の共有から推測される。国防や交易の利益を至上視して海洋情報の開示には慎重であったきらいがある沿岸警備局などとはこの点、海洋情報局の態度は大きく異なるように見える。国境を越えたグローバルなアメリカ史研究の拡大が進むなか、こうした流れが世界における公海管理の国際的枠組みにどのように結びついたかも、興味深いテーマとなろう。国立公文書館新館ならびに連邦議会図書館が所蔵するマシュー・フォンテイン・モーリ文書の分析により、この問題の検討を今後さらに深めたい。
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Causes of Carryover |
平成28年度は、幸いにも、在外研究期間と重なったため、出張費が予定していた額ほど必要とならず、若干の繰り越し金が生まれた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成29年度は、計画していたアメリカ政治史、社会史、海洋史に関する研究図書の購入、PC機器の購入以外、ボストンおよびワシントンDCにおける夏期の公文書館史料調査を予定している。両都市共に指定都市のため、全体に占める出張旅費が多くなることが予想される。 また、資料整理のための研究嘱託を雇用するのに謝金が必要となる。
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Research Products
(3 results)