2016 Fiscal Year Research-status Report
アメリカ市民ナショナリズムの変容―1970年代における社会再編の歴史学的分析
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16K03113
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中野 耕太郎 大阪大学, 文学研究科, 教授 (00264789)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | アメリカ現代史 / 1970年代史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は1970年代を主たる対象として、現代アメリカの市民ナショナリズムの歴史的変容を検証するものである。その際、相互に重なり合う多様な市民(=国民)原理――すなわち、①差別のない機会均等を意味するリベラルな市民権、②福祉国家特有の社会的な市民権、③国家への軍事奉仕と成員資格とを一体視する軍事的市民権、さらには、④国際的な反植民地主義等に立脚したコスモポリタンな市民権等が交錯し、また競合する場として当時の社会・思想状況を捉える視座をとる。 研究初年度の平成28年度には、アメリカ・ナショナリズム関連の文献調査に基づく思想史的考察と、主に在米現地調査として行われた事例研究の両面から研究を進めた。前者の思想史的研究は本研究に理論的枠組みを与える基礎作業であるが、本年度は、1970年代における脱工業化と「アメリカ例外主義」見直しの諸議論を分析し、その研究成果は『アメリカ研究』第51巻掲載の論考の一部を構成した。 事例研究としては、まずリベラルな市民権の展開に関して、1970年代にシカゴ初の女性市長となるJane Byrneの政治活動を検討した。具体的には、Byrneの政策助言者であったLuis Kutner等の個人文書をシカゴ歴史博物館で閲覧し、あわせてノースウエスタン大学でByrnes市政に関連する報告書類を一部閲覧した。次に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校では、日系アメリカ人市民連盟(JACL)関連の資料を閲覧し、少数人種民族集団の市民(=国民)的統合のメカニズムが、特に軍事的な市民権との関係において、70年代にいかに変容したかを調査した。加えて、同時期の西海岸でHoward Jarvis等が進めた反納税、反福祉運動について、ロサンゼルス・タイムズ紙上の論説、報道を手掛かりに検討を進め、社会的な市民権に批判的な潮流を検証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の研究では、「アメリカ例外主義」の衰退と1970年代の政治・経済状況との相互関係に関する思想史的分析においては一定の成果を上げることができた。また、カリフォルニア州での反納税運動についても、ある程度情報を集めることができた。 しかしながら、シカゴの女性市長Jane Byrneに関しては、政策助言者Harry Golden, Jr. とLuis Kutnerの個人文書は、個別具体的な記述が多く、必ずしもByrneの政治活動全般を雄弁に物語るものではなかった。Byrne市政の全体像を把握するうえで、今後、Chicago Sun-Times紙やChicago Daily News紙等の地方紙を丹念に調査する手法を取り入れる必要が痛感された。また、本年度の研究ではByrneとシカゴ市の社会政策の転換の関係について、十分解明することができなかった。特に、以前からByrneがシカゴの公営住宅制度の改革に深くコミットしたことは知られているが、その実像に十分迫れたとはいいがたい。次年度以降、シカゴ市住宅局の報告書や内部資料、さらには同時代の政治学者らが集積した現状分析の記録を広く調査すべきだと考える。 加えて、Byrne市政の歴史的意義を考えるうえで、同じく民主党の支援を受けて初の黒人市長となるハロルド・ワシントン次期市長への政権移行が重要であることが、調査過程で明らかとなったが、この点についてはいまだほとんど手付かずの状態にある。次年度以降、ワシントンの政治活動についても分析を進める必要があると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の研究進捗についての自己評価を受けて、平成29年度においては在外研究休暇の機会も活用して、シカゴ近郊のノースウェスタン大学を拠点に、初の女性シカゴ市長Jane Byrneと黒人市長ハロルド・ワシントンに関する史料調査を集中的に行う。具体的にByrneについては、シカゴ住宅局の史料や地元新聞を渉猟するとともに、ノースウエスタン大学都市問題センターが編纂した、The Chicago Politics Papers等の同時代の報告書を分析対象とする。H・ワシントンに関しては、シカゴ公立図書館が所蔵するワシントンの個人文書コレクションを活用する予定である。 また、当初2年目の研究計画にあげていた日系アメリカ人市民連盟(JACL)と軍事的市民権についての調査は、やや前倒ししてすでに本年度から開始しているが、次年度もこれを継続し、特にノースウェスタン大学も所蔵するJACLの機関誌Pacific Citizenを綿密に読み進める予定である。加えて、次年度はハーヴァード大学ラドクリフ研究所に出張し、全米女性機構(NOW)文書を閲覧する。軍隊内の女性比率が上昇する1970年代において、女性団体が徴兵制や軍事的市民権についていかなる認識を持ったかを検討する目的である。 研究3年目の平成30年度はコスモポリタンな市民権思潮の展開にも注目する。アメリカ議会図書館所蔵の黒人地位向上委員会(NAACP)文書を調査し、反植民地主義運動との連帯が、70年代にどのように展開したかを考察するとともに、前年に引き続きハヴァード大学所蔵のNOW文書を閲覧し、「国際的な女性の権利」という課題への取り組みについて検討する予定である。この第3年次は研究計画の最終年となるので、以上3ケ年にわたる70年代市民ナショナリズム研究を総合し、より大きなアメリカ史の文脈に位置づける作業を行う計画である。
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Causes of Carryover |
研究を進めていくうえで必要に応じて、研究費を執行したため執行額が当初の見込み額を下回った。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度予定する長期間の在米研究のための旅費、および物品(関連する研究図書、研究資料)の購入に充当する予定である。
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