2016 Fiscal Year Research-status Report
軍・植民地・本国の公衆衛生知の循環―両大戦期アメリカのマラリア対策
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16K03120
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Research Institution | Sapporo Gakuin University |
Principal Investigator |
平体 由美 札幌学院大学, 人文学部, 教授 (90275107)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 公衆衛生 / 軍事基地 / 合衆国政府 / 地方政府 / マラリア / 性病 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、これまで母子保健と慈善団体の影響に注目が集中してきたアメリカの公衆衛生について、軍隊と植民地の影響がいかなるものであったかに注目し、調査探求するものである。今年度はその研究を進めるにあたって、先行研究の収集と分析を行った。 アメリカ国内については、第一次世界大戦時に新兵の訓練を目的として建設された軍事基地における衛生管理と、連邦政府が地元自治体に提示した補助金の内訳、地元自治体が軍事基地周辺にて実施した衛生対策に注目して、論文と書籍を集め、分析を行った。 入手した先行文献の分析を通して、衛生管理の中でもとくに性病対策に注目したものが多いことが明らかとなり、この分野で女性史研究が大きな貢献をしていることがわかった。また、軍事基地周辺はマラリア対策の必要な土地が多いため、マラリア対策をめぐる連邦政府と地方政府(すなわち州政府と自治体政府)の間での役割分担と、効果の検証が、当時の懸念のひとつであったことが明確になった。しかしながら、性病対策とマラリア対策の実施機関の関係については、先行研究だけでははっきりと特定することはできなかった。また、当初想定していた、兵士と地元住民の健康管理をめぐる連邦政府と州政府との公衆衛生対策に関する協力に関して、これまでの研究ではそれほど関心を集めていないこともわかった。 これらの分析を通して、いくつかの課題が見えてきた。先行研究の中でわずかに示唆されていた、軍事基地に薬品を納入する製薬会社こそ、連邦政府と地方政府をつなぐアクターであったとの情報は、精査するに値するものであると考える。また、日本の事例と比較することも、アメリカの軍事基地と公衆衛生行政の発展を多角的に検証するために必要であろう。これらを次年度の課題として、現地調査を含めたさらなる調査と分析を行いたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究の進行はやや遅れている。これには前向きな理由と後ろ向きな理由がある。 前向きな理由としては、先行研究の分析を通して、マラリア対策のみを検討するのではなく、性病対策との比較と総合的な検討をすることによってこそ、日米の研究それぞれに、より大きな貢献になりうるのではないかと考えたためである。その結果、想定よりも性病対策、売春対策の研究の読み込みに時間をかけることとなった。加えて、当時の植民地(フィリピンやプエルトリコなど)の事情を追うことによって、アクターとしての製薬会社の存在がクローズアップされてきた。これについて検討することは、さらなる時間が必要となることを意味する。 後ろ向きの理由としては、昨年3月に左肩腱板損傷のため1ヶ月の入院加療を行ったこと、その後も術後のリハビリの進行が思わしくなく、総合的な体調の悪化につながったことがあげられる。そのため、当初8月に予定していたハワイ公文書館における史料収集は諦めざるを得なかった。さらに、大学を異動することが11月に決定したため、その準備と始末に時間とエネルギーがとられた。 後者については、肩は順調に回復していること、新任大学には近々順応することが想定されていることにより、次年度に大きな障害を残すものではないと考えている。次年度は、研究のより一層の充実をはかる所存である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の方向性としては、今年度に獲得した視点である「性病とマラリア対策の実践主体の分析」および「製薬会社の役割」に力を入れる予定である。 アメリカは、アソシエーションが力を持つ国である。公衆衛生分野では、ロックフェラー財団をはじめとした慈善団体が、地域政府の関係者と密接な連絡を取り合いつつ、地域の公衆衛生実践を充実させてきた。性病分野では、キリスト教関係の諸団体が様々に連携しつつ、社会衛生という概念を発展させて、売春取締りを推し進めた。また、アソシエーションの中に含めてよいかどうかの議論が絶えない生命保険会社も、契約者に医療と健康にかかわる情報を提供する公衆衛生上のアクターとして登場する。アソシエーションを無視して、公衆衛生・医療行政は十分に説明することはできない。 そこで2017年度は、まずマラリア薬を生産している製薬会社について、少しく知識を増やしたいと考える。さらに、アソシエーションの役割をもう一度全体的に見直し、性病とマラリア対策の両方にかかわっている地域団体についての情報を得て、それらが全体の中にどのように納まるかを検討する。そして、長期休みの期間にはアメリカのマラリア対策の一次史料を収集する予定である。
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Causes of Carryover |
2016年3月に左肩腱板断裂修復手術とその後の加療のため、1ヶ月間入院した。その影響が半年ほど続き、夏に予定していたアメリカの現地史料調査に出かけることができなかった。加えて2017年度より大学を異動することとなり、その準備と引継ぎなどに時間がとられた。そのため、想定していた件数の資料を収集することができなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2017年度には現地調査に赴く。その際には、2016年度に実施することができなかった分まで、スケジュールの許す限りアメリカ滞在を最大化するつもりで調査中である。 また出版情報によれば、2016年度、2017年度に、身体管理に関する様々な研究が立て続けに出版される。これらを丁寧に蒐集し、書評会などにも参加して、現在のトレンドや問題の所在について認識を深めた上で、自らの論考を練り上げる機会としたい。 ゆえに研究費は、旅費と物品費(図書)、論文のコピー代・ダウンロード代、消耗品代、そして英語論文の作成を想定してのエディター(英文チェック)代に使用する予定である。
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