2018 Fiscal Year Research-status Report
専業化からみた古代エジプト国家形成期社会の複雑化の研究
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16K03167
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
馬場 匡浩 早稲田大学, 高等研究所, 准教授(任期付) (00386583)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 考古学 / 古代文明学 / エジプト国家形成 / 社会複雑化 / 専業化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、専業化の視点から、古代エジプト国家形成期の複雑化社会を考究することを目的とする。専業化は、社会の複雑化を探る重要な視点の1つとされるが、資料不足により、十分な議論がされていなかった。しかし、申請者によるヒエラコンポリス遺跡の発掘調査により、専業化の具体的な研究を可能とする生産遺構が発見された。それは、ビール醸造址と肉・魚の加工処理施設である。そこでH30年度は、エジプト最古のビール醸造に関する分析・考察のさらなる深化を目指した。昨年度、走査型電子顕微鏡(SEM)により、イースト菌の存在が確認された。酵母は出芽増殖中のものであり、出芽痕もみられる。およそ6千年前の酵母の様相をこれほど鮮明にとらえた例は皆無であり、これ自体大きなインパクトをもつ。ただし、麦芽原料と酵母があっても、アルコール発酵に至っていなければビールにはならない。そこで、アルコール発酵の存在を化学的に同定するため、本年度より、カイロ・アメリカン大学のモハメド・アリ・ファラグ教授との共同研究を開始した。ガスクロマトグラフィー質量機器(GCMS)分析により、乳酸・シュウ酸・コハク酸が検出された。これらの存在は糖類のアルコール発酵作用を示している。さらに、ラクトンも検出された。これは古酒などにみられる化合物とされる。この他、特筆される化合物にリン酸がある。現代のビールなどでは、PH値をコントロールするため意図的に添加されるものである。リン酸はオオムギ由来と考えられるが、古代においても経験的にその効果を理解して意図的に添加したと考えられる。これらGCMS分析による成果を共著論文「Revealing the constituents of Egypt's oldest beer with metabolites analyses.」としてまとめ、雑誌Scientific Reportsに投稿した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題は、調査資料の分析・考察と現地エジプトでの発掘調査の2つを基軸とする。今年度も後者の発掘調査を冬季に計画していたが、エジプト政府が許可手続きに予定より時間を要しており、来年度へ延期せざるを得ない状況となった。ただし、来年度の許可は内諾を得ている。 そこで発掘調査にかわって、ヒエラコンポリス遺跡の調査メンバーによる国際シンポジウムを早稲田大学で開催した。文科省事業「スーパーグローバル大学創成支援(SGU)」の助成を受け、レネ・フリードマン(オックスフォード大学)、リアム・マクナマラ(オックスフォード大学)、ウィム・ヴァン・ニール(ベルギー王立自然史博物館)の3名の海外研究者を招聘して、『エジプト文明の起源を探る:ヒエラコンポリス遺跡における近年の発掘調査』(早稲田大学高等研究所主催)を10月13・14日に実施した。 ヒエラコンポリスでは、支配者が埋葬された巨大な墳墓、彼らが祭祀を行う神殿、そしてそこに捧げるためのビール醸造や肉・魚の加工施設など、これまでの歴史観を大きく塗り変える発見が近年相次いでいる。これら全てがエジプト最古であり、後のファラオを頂点とする王朝文化に通ずるものである。まさに、エジプト文明の基層がここで醸成されたのである。これらは単なる新発見に留まるものではなく、エジプト考古学の大テーマの一つである文明成立過程の解明に寄与するものである。そこで本シンポジウムでは、ヒエラコンポリス調査メンバーによる最新の発掘成果のレポートと、エジプト文明の起源と形成についてディスカッションをした。
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Strategy for Future Research Activity |
エジプト最古のビール醸造についてこれまで、植物学的分析により主原料と醸造プロセスの解明、理化学分析によりアルコール発酵の同定ができた。さらにSEMにてイースト菌(酵母)自体の鮮明な撮影にも成功した。そこで次なる課題は、酵母のDNA解析である。古代のアルコール飲料に関する研究は、この20年で深化を遂げている。それは理化学的分析方法が幾つも開発されたためであり、古代ワインの酵母DNAも抽出・解析され、現代と同じサッカロミセス セレビシエ(S.cerevisiae)と同定されている。しかし古代ビールに関してはまだ何も明らかになっていない。SEMにて酵母の存在は確実視されるが、6千年前のものであり腐食・劣化が進行していることは明らかである。そこで、超微量試料からでもゲノムを正確に増幅・解析する装置を用いて分析する予定である。
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Causes of Carryover |
以下の理由により、補助事業期間の延長を希望する。 本研究課題は現地エジプトでの発掘調査を基軸とする。今年度も冬季の調査を計画していたが、エジプト政府が許可手続きに予定より時間を要しており、来年度へ延期せざるを得ない状況となった。ただし、来年度の許可は内諾を得ている。当該助成金は2019年度の調査および分析に使用する計画である。
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