2018 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K03213
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
吉田 栄人 東北大学, 国際文化研究科, 准教授 (10240285)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 先住民文学 / 多文化主義 / マヤ語 |
Outline of Annual Research Achievements |
多文化主義が先住民の文学的実践に与える影響について考察するに当たって、本研究では、先住民が執筆した文学作品そのもののに関して研究するだけでなく、先住民作家たちが先住民文学についてどのような考えを持っているのかを把握するために彼らの発言にも注目している。平成30年度は彼らに直接インタビューする機会は得られなかったが、facebookなどのソーシャルメディアを通じて、先住民作家たちの言動や先住民文学に関する情報をウォッチした。先住民作家たちをゲストに招いたラジオ番組など、先住民文学に関する現地の人々の考えを聞くことのできるものはいくつも存在した。 文学作品そのものに関する研究では、本年度は、ユカタン・マヤ現代文学において異彩を放っている女性作家ソル・ケー・モオの作品の持つ現代性を、日本文学における「ふるさと」論を手掛かりとして検討した。その研究の成果は、11月15日・16日にイタリアのベネチア大学で開催されたシンポジウム「Furusato: ‘Home’ At the Nexus of Politics, History, Art, Society, and Self」において "Mayab, a Concept of Home of the Yucatecan Mayans in Their Modern Literature" と題して報告すると同時に、「現代マヤ文学の誕生―原風景としての伝統的なマヤ村の発見―」と題する論文を『国際文化研究科論集』(第26号)に発表した。 翻訳作業に関してはソル・ケー・モオの中編小説『穢れなき日』に短編小説集の『タビタ他、マヤの物語』と『酒は他の人の心をも壊す』を加えたアンソロジーを『穢れなき太陽』と題して、水声社から出版してもらうことができた。さらに、ソル・ケー・モオの『太鼓の響き』、イサアク・エサウ・カリージョの『夜の舞(La danza de la noche)』、アナ・パトリアシア・マルティネス・フチンの『解毒草(Contrayerba)』翻訳も終了し、現在出版のための助成金を申請中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在の先住民の文学的実践は多文化主義的な社会的状況下で行われているものであるが、メキシコ国内において先住民は文化的にも社会的にもスペイン語を母語とする人々と対等な次元にいるわけではない。特に先住民の文学作品がスペイン語作家による作品と比較される場合、先住民の文学作品はその独自の文学的価値基準によって評価されるわけではない。むしろ、スペイン語作家すなわち国民的文学もしくは普遍的な文学の価値基準によって評価されがちである。それゆえ、先住民作家は先住民文学の独自の要素を残しつつも、自らの文学的実践の中に普遍的な要素を取り込まねばならない。インターカルチュラル思想の理想は共存するすべての文化が対等な立場にあることであるはずである。だとすれば、先住民文学が普遍的な文学の持つ基準によって一方的に評価されるのではなく、先住民文学が普遍的な文学の価値そのものを相対化するとき初めてインターカルチュラルなスペースが開かれたことになるはずである。だが、先住民文学がメキシコ国内の文学領域で実践されている限りにおいて、それは不可能である。メキシコの作家が置かれた文学的価値基準の相対化は、おそらくメキシコ外部の文学界から新しい文学観が導入されない限り、当面起こり得ないだろう。そこで、本研究では、先住民文学をメキシコ外部の読者に読んでもらうことで、新しい先住民文学観の創出を一つの目的としてきた。そのためには、先住民文学の作品を翻訳出版することが不可欠な作業であるが、今年度とりあえず一冊を出版することができた。その意味で、本研究は大きく前進したと言える。しかも、出版できたのは、平成31年度に日本に招聘する予定のソル・ケー・モオの作品であり、研究は着実に進んでいる。
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Strategy for Future Research Activity |
先住民文学作品を翻訳出版することはできたが、話題性に乏しく、依然として知名度が低い。昨年度は知名度を上げるため、いくつか研究論文を発表したり、新聞広告を出したりしたが、平成31年度は先住民文学について紹介する場をもっと増やしていく。また、研究論文も単なる紹介的なものではなく、先住民文学の殻を破るような理論的に洗練されたものにブラッシュアップしていく必要がある。現在主たる考察の対象としているソル・ケー・モオの作品は女性を主人公にしたものが多いので、フェミニズム文学批評からの読み直しを考えている。
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Causes of Carryover |
当初計画では現地調査の費用を計上していたが、次年度に先住民作家ソル・ケー・モオ氏を日本に招聘するための準備作業として、彼女の作品を日本で翻訳出版し、その存在を日本の読者に知ってもらうことを優先したため、現地調査を行う代わりに、そのための費用に回した。結果として、上記の金額が残ってしまったが、図書や雑費等で使ってしまうよりは、次年度に必要な経費に回す方が賢明であるとの判断で、敢えて使用しなかった。
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[Book] 穢れなき太陽2018
Author(s)
ソル・ケー・モオ、吉田栄人
Total Pages
248
Publisher
水声社
ISBN
9784801003569