2017 Fiscal Year Research-status Report
革命の子供たちが親になるとき:スペインにおけるキューバ人の子育ての人類学的研究
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16K03227
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
田沼 幸子 首都大学東京, 人文科学研究科, 准教授 (00437310)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ディアスポラ / 子育て / キューバ人 / スペイン / 人類学 / ネオリベラリズム / 新自由主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度の調査時、在西キューバ人らが自己実現と子供を持つこととの間で希望と同時に迷いや戸惑を持っている事が感じられた。その中には他のキューバ人らと疎遠になっていった事があった。スペイン人との人間関係は、もともと本国よりも距離感がある。社会主義社会ではそのために時間を割くことが自明視され正しいことともされた、仕事や友人、近所の人々との付き合いはあまりなされなくなった。これを、二人のインフォーマントが「チップが変わったから」と表現した。スマートフォンのsimカードを取り替えると、プロバイダや番号が変わるように、彼女たちもスペインの生活に順応する中で「チップ」が変わり、行動や考え方が変わっていったという。かといって、それが正しく、より好ましいことだと見なしている訳ではない。理想とする社会や人々のあり方は、出身国のキューバでも、移民先のスペインでも少しずつズレており、そのズレへの違和感を持ったまま子供をカタルーニャ語が「母語」として教えられる集団教育の場に預けることへの不安と不満、妥協と諦念が語られた。 この違和感を日本でスペインを専門とする研究会で伝えたところ、何が不満なのかが分からないという声が聞かれた。スペインにおいては、独裁者フランコの死後、「民主化」とEUへの参入がほぼ同時に行われたため、国境を越えた経済活動は、民主主義とと関連づけられてきた。しかし、注視すると、移民にまつわる様々な政策や社会運動への対応が、現在、研究者の間で「ネオリベラリズム」として知られる原理を軸としている事が明らかになってきた。ネオリベラリズムは単なる経済政策ではなく、あらゆるものを市場との関連でとらえる世界の見方であり、個人を「人的資本」とみなす。この結果、在西キューバ人も自己の価値を高め、他者との競争にまきこまれるものの、社会主義的理念から、それに違和感を覚えるのだと分析し調査を継続している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度の調査を元に、2016年11月より他のスペインをフィールドとする研究者らと研究会を始めた。その中で、ネオリベラリズムという共通の主題を見つけることができた。その知見をもとに二つの分科会発表を行った。 現地の海外共同研究者ともその知見を交換し、妥当な分析との評価を得た。調査中、バルセロナで初めてのテロ事件が起きたが、その前から移民子女への教育のあり方に彼らの多様性を認めないという問題があることを指摘していた。在西キューバ人当事者には、社会主義に対応する「資本主義」として認識され語られている事象を、そのより特殊な形態である「ネオリベラリズム」とする視点を組み入れると、さらに明確に対象となる人々の子育てに関する希望と居心地の悪さの背景が分析できる事が明らかになった。 2017年7月末から8月末までの1ヶ月間、バルセロナ調査を行った。3月末にキューバで行った在西キューバ人インフォーマントらの親族へのインタビューから明らかになった点を、本人たちにも確認をとり、同じ現象や経験を複眼的に捉える事ができた。インフォーマントの一人とは都合で会えなかったが、他の者とは再会し、前年度のビデオやキューバでのビデオを共有し、それに関する意見交換をする事ができた。また、調査対象としてはいなかったが、現地カタルーニャ人家族にもインタビューと撮影をすることができた。バルセロナ近郊で移民2世を含む青少年の居場所作りに関わる男性らと、カタルーニャ独立や子育て・教育に関して、参与観察と聞き取りを行う事ができた。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度となる今年の調査では、これまでに得たビデオを編集し、人類学的な映像作品とすることを目標とする。そのことによって、外側からはスペインに順応した移民の優等生と見なされるキューバ人らが、根本的な疑義を持ちながらこれと折り合いをつけ生きている様を明らかにする。年度末の3月には、海外共同研究者の協力を得て、この作品を先方の大学の研究会で発表する。これに対する当事者や研究者らの意見も取り入れた上で、現地語および英語論文を共同執筆する。 以上の活動と知見から2017年度10月より、国立民族学博物館の共同研究として「ネオリベラリズムのモラリティ」を立ち上げた。ヨーロッパだけでなく、中南米、アジア、アフリカなど異なる地域をフィールドとする人類学者と共同でネオリベラリズムの様々な表出のあり方を探る。そうすることによって、ネオリベラリズムを単に現在の政治経済的背景や批判対象として措定するのではなく、我々研究者をも含む世界の見方と行動原理の一つと見なして対象化し、その内実を民族誌的に多様な現実に即して理解することによって、ネオリベラリズムが知らずに変えつつある、社会の捉え方を改めて見直し、その構築に主体的に関わっていく方法を模索する一助としたい。
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Causes of Carryover |
前年度の監査の際、年度を超えた繰越が可能と聞き、敢えて使い切るようにしていなかったため。最終年度の成果報告にまつわる外国語のネイティヴチェックなど、「その他」で用いるつもりである。
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