2016 Fiscal Year Research-status Report
アジア海域における移動の人類学:「水際」空間における漁民の日常構築を通して
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16K03235
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Research Institution | Japan Women's University |
Principal Investigator |
西村 一之 日本女子大学, 人間社会学部, 准教授 (70328889)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 台湾 / 中国福建 / インドネシア / 漁業 / 移動・移民 |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題は、近年研究が進む、アジア地域で展開する人の移動・移住に関する文化人類学的研究である。この時、台湾東海岸に位置する漁港周辺を「水際」空間とみなし、多くが船主で雇用主である台湾漁民(漢人及び先住民族)と台湾外から訪れる出稼ぎ漁業労働者とが共同して行う漁撈実践に注目するとともに、労働領域を含む生活実践における互いのかかわりについて臨地調査を実施する。 平成28年度においては、①1990年代以降、台湾漁業領域において重要な役割を果たしてきた中国大陸からの出稼ぎ漁業労働者について、台湾東海岸及び中国福建沿海部の漁業地において臨地調査を実施した。また、②2000年代より、台湾の調査地で彼らに代わり大きな存在感を示すインドネシアからの出稼ぎ漁業労働者と台湾漁民の関係やその日常について臨地調査を行った。台湾東海岸においては、台湾漁民に対して、漁撈の場における出稼ぎ労働者の評価、雇用を巡る法的課題などについて聞き書きを行った。さらに、漁業出稼ぎ労働者には、個々の労働史、台湾での生活の実際について尋ねている。特にインドネシアからの労働者に対しては、彼らの生活と切り離すことが出来ないムスリムとしての信仰実践についてインタビューを行った。 調査地で働く中国人漁業出稼ぎ労働者の多くが、福建省ビンナン地域からやって来る。その送り出し地の一つである漁村を訪れインタビュー調査を行った。この漁村での漁業形態や地域史について、特に台湾海峡および東シナ海での漁業と台湾との往来に焦点を当て明らかとした。また、台湾漁民と共通する民俗文化を視野に入れた調査を合わせて実施した。 さらに台湾および中国福建沿海部の漁民の移動の背景として、戦前から今に至る中台関係の歴史研究や、中国福建沿岸部の人類学的研究に関する文献資料の収集を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度においては、研究課題に基づく人類学的臨地調査を台湾東海岸(台東)および中国福建(ビンナン地域)を対象として実施した。 台湾では、現在その数が減っている中国からの漁業出稼ぎ労働者と船主である台湾漁民との関係に焦点を当てインタビューを行った。この時、調査地においてもう一方の当事者であるインドネシアからの労働者との対比、両者の漁撈上のつながり方に着目し、台湾漁民を頂点とした漁撈関係について理解を進めようと試みている。その背景には、外国人労働者の扱いを巡る法的な側面があり、台湾と中国との間の特殊な関係が影響する。また、中国福建では、主として戦前からの台湾と中国との関係の変遷を踏まえ、政治経済領域の変化を視野に入れた、両岸を行き来する漁民たちの漁撈活動について調査を進めている。海洋環境の違いから台湾東海岸で行われる漁撈とは大きく異なる中国福建沿岸部の漁業について理解を進めると同時に、台湾出稼ぎ経験の意味について考察を進めている。また、海洋環境及び漁撈と連関した民間信仰に着目し、両地域が共通して持つビンナン民俗文化について一定の理解を得ることが出来た。 なお、インドネシア漁業出稼ぎ者が、台湾の調査地に設置したムスリム礼拝所の設立経緯や利用状況、これに対して台湾住民が示す反応について調査を着手している。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度以降においても、人類学的臨地調査を継続する。台湾東海岸の調査地の台湾漁民たちと、この地の「水際」空間を往来する漁業従事者を対象に、人的移動とそれに伴う地域社会における様々な生活実践について調査を行う。台湾漁業が下降線をたどり、中国やインドネシアの経済が大きく成長する現在、これらの地域からやって来る出稼ぎ労働者の往来は、年々大きく変化している。中国人漁業出稼ぎ労働者を引き付けてきた労働賃金は、次第に高騰しており、台湾漁民が望む経験豊かな彼らを雇用することが困難になってきた。一方、より賃金が安いインドネシア人労働者が好まれ雇用されている。しかし、彼らの中にも継続的に調査地の「水際」空間に通い、同じ台湾船主の下で働く者がある。出稼ぎ漁業労働者の中には、調査地において慣行的に存在する同船乗組みの規範や、利益配分のルールが適用されるケースも現れており、単なる労働契約を超えた個別的なつながりを持つ出稼ぎ労働者の姿がある。こうした点を踏まえ、多様な民族集団から構成される流動性の高い社会における共同性の構築とその変動の理解に向けた臨地調査を実施していく。
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