2017 Fiscal Year Research-status Report
ナチズムの「中間層テーゼ」の再検討と第三帝国食糧経済の経済秩序に関する研究
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16K03784
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
雨宮 昭彦 首都大学東京, 社会科学研究科, 教授 (60202701)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 国家食糧団 / 国家世襲農場 / 生産闘争 / 生産関数 / 家族世襲財産解体法 / 自然保護法 / 所得均衡、食糧自給、人口政策 / 東部ヨーロッパ総合開発計画 |
Outline of Annual Research Achievements |
従来、中小農民層はナチズムの台頭を促進したのに対して、大土地所有は、それを妨げた要因とされてきた。しかし、ワイマール末期の国政選挙での経営規模別農民層比率とナチ党得票率との関係に関する回帰分析によれば、大経営において初めて明らかな正の相関性が示された。これを出発点として、ナチス農業政策に関して、オルド自由主義者ベームの議論を踏まえて、以下の点を明らかにした。 1)ナチス食糧経済は、当初、所得均衡(農業と商工間)、食糧自給、人口政策(望ましい人間類型維持)を課題とした。その中で国家食糧団は所得均衡を、国家世襲農場は人口政策を、生産闘争は食糧自給を目指した。 2)産業別所得の指数変化によれば、1930年代前半には所得不均衡の縮小が認められるが、1936年の4か年計画の施行に伴って商工業所得指数が上昇していく一方で、農林業所得指数は停滞傾向に入った。国家食糧団の公定価格政策は、当初の農業所得引上げから、再軍備の促進とともに上昇する工業労働の実質賃金を引下げを図る政策へと変化した。 3)国家世襲農場は、「ドイツ国民の血液の源泉としての農民」の維持を目指して、一定規模(7.5~125ha)の農地に関して自由な市場取引を禁じたが、この制度の下では、再軍備化と食糧自給を目指す「生産闘争」は、経済的には労働生産性ではなく土地生産性の上昇を目的とせざるをえなくなった。その結果、食糧自給も所得均衡も達成しえなかったことを生産関数の分析によって明らかにした。東部ヨーロッパ総合開発計画はこの隘路の突破を目的とするものでもあった。 4)国家世襲農場の設立に伴って、大土地所有の伝統的な世襲財産は家族世襲財産解体法によって解体されたかに論じられてきたが、実際には、保護林や財団法人の形で存続し、しかも、それは自然保護法などエコロジー法のもとで保護され、国際的金融の文脈の中でナチスの資金源としても機能した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ナチス食糧経済に関するオルド自由主義のモデルをベームの議論に即して再構成し、それを踏まえて実態分析を行うことが、実施計画であった。ベームのナチス農業論は、食糧経済の基本思想、組織、方法、目的、政策と課題に関して再構成された。それと同時に、ベームの視野の外部に置かれた大経営に関しては、東部救済事業、国家自然保護法などエコロジー法、家族世襲財産解体法との関連でもう一つの研究の焦点に設定しえた。以上の点を踏まえて、当初の4つの実施計画は、次のようにほぼ予定通りに進展した。 ①国家食糧団の組織、その公定価格政策の考察に基づいて、国家食糧団の所得均衡の課題はどのように追及され、また、それは、オルド自由主義のベームのいわゆる「例外状態」への1936年以降の転換の中で、どのように変質していったのかが分析された。 ②国家世襲農場の実態を統計資料などを用いて分析し、ナチス食糧経済において「スタティックな構成要素」である国家世襲農場という制度が担った課題の内容を、当時の農業学者マックス・ゼーリングのコンセプト「人口政策」を用いて明らかにしえた。 ③ナチス食糧経済の基本原理である「生産性の思想」は、「人口政策」を課題とした国家世襲農場という「スタティックな構成要素」によって、いかなる具体的な発現の仕方をしたかについて、生産関数のモデルを用いて考察を深めえた。それによって、ナチス政府の政策「生産闘争」の特質が明らかとなった。 ④以上の分析を踏まえて、ナチス農業政策が1941年以降の「東部ヨーロッパ総合開発計画」という侵略政策へと展開していった経済的論理の一端を提示しえた。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度までの分析を継続しつつ、主として以下の点を軸に研究を総括する。 ①農業における「ナチズムの中間層テーゼ」や大土地所有はナチス台頭の妨害要因との通説に反して、農業大土地所有とナチズムの得票率との正の相関性が明瞭に検出されたことを踏まえて、同テーゼの創唱者ヘベルレの論考が最初に掲載された雑誌、1934年ナチス政権下で創刊されたドイツ社会学会誌『民族の鏡』を調査し、ナチズムの「中間層テーゼ」が1930年代前半の社会で有していた政治的意味を、「社会の自己記述」、「社会の自己構想」の観点をも参照しつつ考察する。 ②戦間期ドイツにおける大土地所有経営の広汎な残存を、国際的には、大戦の休戦協定(1918年11月)後の世界政治(食糧支援政策など)の動向、国内的には、国家入植法(1919年8月)の帰趨などに焦点をあてて分析する。 ③国際比較でみて戦間期ドイツ農業の全要素生産性が低かった要因を、広大な土地を占有する少数の巨大経営と著しく多数の小零細経営の存在、労働生産性よりも土地生産性を追求せざるをえないナチス人口政策の影響、畜産物生産が国家世襲農場に集中することの問題などに注目して分析、「東部ヨーロッパ総合開発計画」に向かう論理を総括的に検討する。 ④ナチス食糧経済に即して構築されたオルド自由主義の食糧経済論を、その工業経済論、労働経済論、さらには通貨政策論との関連の中に位置づけ、第一次世界大戦後に生成した新自由主義の政策論的内容を総括する。
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Causes of Carryover |
2017年11月に脳出血のため倒れてしまい、脳神経外科の病院とその後のリハビリの病院に2月中旬まで入院した。その後も左足の麻痺が残ったため、独立した自由な移動に困難が生じたため外来リハビリを継続している。その結果、予定していた研究の公表を含めて研究活動の一部が活発にできなかった。次年度は、健康に留意しつつ、「今後の研究の推進方策」に示したような諸課題を精力的にこなして本研究全体の総括を行い、それに関する一書が刊行しうるように努めたい。
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