2017 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ航空機産業の世界的転回―世界の勃興期航空機産業との関連の解明―
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16K03785
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Research Institution | Yokohama City University |
Principal Investigator |
永岑 三千輝 横浜市立大学, 都市社会文化研究科, 客員教授 (70062867)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ユンカース / 中国市場 / 航空機 / 中央アジア航路開拓 / ヘディン / 張学良 / 蒋介石 / F 13 |
Outline of Annual Research Achievements |
2017(平成29)年度においては、ドイツ航空機産業の世界的転回の問題群のうち、「ユンカースの世界戦略と日本 1919―1933」を踏まえて、「ユンカースの世界戦略と中国 1919―1925」および「ユンカースの世界戦略と中国 1926―1933」のテーマで論文を書き上げることができた。 ユンカース社は、ヴェルサイユ体制の制約を逆に民間機開拓に集中する契機として、フーゴー・ユンカースの指導の下、民間機開発、旅客機開発に重点を置いた。最初のヒット製品・全金属製航空機F13に続いて、次々と改良を加え、大型機を開発していった。そして、それを中国市場にも売り込むために、努力した。なぜなら、中国市場は、その鉄道の未発達、道路網の未発達などのため、そして、広大な領土のため、最新の交通手段である航空機の潜在的必要性は高いと見たからであった。 また、中国市場を開拓するためには、単に飛行機だけではなく、ユンカース社の「ガス湯沸かし器」の販売にも力を入れ、進出の武器とする必要があった。さらに、航空機の売り込みのためには、中国におけるセンセーショナルな企画、ヘディンの駐麻アジア探検への支援、デモンストレーション飛行、ユーラシア大陸を横断する冒険的探検的航路開拓にも取り組んだ。 しかし、他方では、1919年から33年にかけては、中華民国の分裂状態のなかで、各地を軍閥が支配する状況の中で、買い手としての安定的な主体―国家・軍ーが形成されず、市場開拓努力には常に不確定・不安定な要素が濃厚であった。 それでも、北伐による統一過程のなかで、航空機の購入の条件は次第に整ってきて、販売に前進が見られた。しかし、今度は、満州事変による混乱が起き、財政的苦境の中で高価なドイツ製航空機―ユンカース機―を買う条件は厳しくなってしまった。そこに、アメリカの競争が加わってくる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度は、「ナチス秘密再軍備とドイツ航空機産業」、「ユンカースの世界戦略と日本」の二つの論文で、ドイツの航空機産業の世界的転回のプッシュ要因を摘出し、民間機開発中心の開発努力と具体的な市場開拓努力を日本についてフォローした。 これを踏まえ、2017年度は、ユンカースの世界戦略と市場開拓を中国について追跡した。中国はユンカース社の見るところ潜在的市場としては巨大であった。そして、政治的分裂の混乱状況にもかかわらず、果敢に各軍閥などに売り込みを図った。これらの点について、ユンカース社企業文書を開拓することで論文化できた。 そして、第一次大戦中と戦争直後の数年間は、ヨーロッパよりもはるかに遅れていたアメリカ航空機産業に関して追跡し、「ユンカースの世界戦略とアメリカ 1919ー1924」を書き上げた。この論文は再校終了段階であり、印刷刊行の待機段階にある。 さらに、「ユンカースの世界航空構想とアメリカ 1924」の論文も、投稿中である。 また、こうした航空機開発・航空機市場開拓と並んで、それをけん引し、あるいはそれによって引き起こされる「航空熱」の解明にも着手し、史料収集を行った。この関連では、「ユンカースの大西洋横断プロジェクト」に関する論文のための史料を集めることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
この研究調査過程・論文執筆過程で新たに出てきた課題としては、 第一に、イギリス・その帝国への市場開拓を明らかにする問題がある。ユンカースの世界航空交通構想においては、大英帝国の世界的交通網に切り込んでいくことを目指していた。 第二に、ヴェルサイユ体制によるドイツ航空機産業への制約の中心的担い手はフランスであったが、そのフランスとの関係の変化も見ていく必要がある。それは相対的安定期、特に独仏友好機運のなかで1925年以降のことであるが、その史料収集も課題としてでてきた。独仏和解傾向がユンカース社のフランス市場の開拓にも影響したことを実証できればと考えている。 第三に、アメリカへの市場開拓では販売支社としてアメリカ・ユンカース社を1924年夏に創設することになったが、この会社を媒介とする1925-1933年の営業努力とその諸困難も引き続き解明する必要がある。 さらに、第四に、中南米などへの市場開拓の努力、ソ連との関係も明らかにする必要生が出てきた。その意味では、当初予定より、解明すべき国・地域が研究の進展とともに増えてきた。 最終年度(第3年度)でこれらを順次、できるだけ明らかにしていきたい。
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Research Products
(7 results)