2018 Fiscal Year Research-status Report
中国消費者の購買行動における不確実性解消プロセスの研究
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16K03927
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Research Institution | Musashino University |
Principal Investigator |
古川 一郎 武蔵野大学, 経営学部, 教授 (60209161)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | マーケティング・リサーチ / 中国人消費者 / 面子 / カスタマージャーニー / 文脈の効果 / 正当性 / 社会的規範 / 購買行動 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、これまでの研究成果を書籍としてまとめた(『マーケティング・リサーチのわな:嫌いだけど買う人たちの研究』有斐閣、2018年12月)。日経広告研究所報などの書評においてもおおむね高評価であり、反日という社会規範の中で、日本のイメージが強い製品に対して嫌いだと言いながらそれを購入するという言説と行為の集団的な矛盾を実証的に考察した本研究は、マーケティングの研究者には多少関心を持ってもらえたようである。 この矛盾した購買行動を引き起こす原因は、中国社会に深く根差した文化(=社会的規範)である「面子」にある。中国人固有の面子には、社会的な正義、倫理観を守らなくてはいけないという側面(リヤン)と、社会的な名声・成功を示さなくてはならないという側面(メン)という二つの側面があり、面子は意識的・無意識的に日常生活の言説と行為に強い影響を与えている。 反日教育による「反日」が少なくとも建前上社会的規範であり、この点からは日本のイメージが強い商品に対する好意を人々の面前で示すことは規範に反する。その一方で、日本製品の高品質かつ好意的なイメージは中国社会にもいきわたっており、メンの側面から日系製品が選択されるのは一定の合理性がある。 私たち外国人にとってわかりずらいのは、中国人は自分と相手との関係性により、リヤンとメンを使い分けている点である。ごく親しい関係とただの友人では、相手に対する言説と行為は全く異なるということが、実証的に明らかになった。 しかし、本音と建て前を使い分けるといった現象は、何も中国だけのものではない。現状では、通常どのような文脈において、どのような相手を意識して回答したかというデータは測定されることはないが、このことは、ある状況下ではこのようなデータの欠落が極めて深刻な問題を生じさせる可能性があることを強く示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今回の科研費の実証研究に加えて、これまで申請者が行ってきた中国の消費者のブランド認知の特徴などの実証的な研究成果を体系的に整理し書籍化するにあたり、過去にさかのぼって多くの資料を読み直す必要があり、この作業に予想以上に時間を要したために、多少進捗の遅れがみられる。 しかし、すでにこの作業は終了しており、主たる研究成果は書籍化し公開したので、研究の実質的な側面についてはおおむね順調に進展していると考える。むしろ、集団的な言説と行為の矛盾を引き起こす可能性について、より一般化した枠組みを提示することが出来たメリットは大きいと考える。すなわち、集団的な言説と行為の矛盾(=フェイクデータ)は中国人に固有の特徴ではなく、実はどこでも観察される可能性があることを示せた点である。これまでこの問題が議論されてこなかったのは、反日という中国政府公認の日系製品の不買運動といった現象は、マーケティングリサーチという技術的な研究の中で取り上げられてこなかったからである。 本研究により、より一般化した枠組みでこの問題を考えることにより、マーケティング・リサーチの限界と可能性についての理解をより深めることが出来たと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究成果を書籍化することが出来たので、最終年度である今年度は、この研究成果に対するフィードバックを得なくてはならないと考えている。 学会や研究会では、これまでと同様に研究者との対話を通じてフィードバックが得られると考えているが、それ以上に重要なのは、中国人消費者とどのようにコミュニケーションをとればいいのかを、今回得られた知見を踏まえて探索することである。そのためには、たとえば中国人旅行者のインバウンドの促進のマーケティング活動に携わっているビジネス・パーソンに対するヒヤリングを通じて、言説と行為の矛盾という現象の一般性や、コミュニケーションにおける関係性に対応した効果的なコミュニケーション方法を理解する必要がある。このような作業により、日本人と中国人の間にあるコミュニケーションギャップを埋めるために、研究から得られた知見がマーケティングの実務の中でどのように反映されているかを確認することが出来るはずである。ギャップを埋めるためにはどのようなマーケティング・コミュニケーションが効果的であるかを、今回明らかにした理論的な枠組みの中で確認することが出来れば、中国人消費者に対するコミュニケーションの質を向上させることが出来る。 様々な情報がメディア上にあふれているが、情報技術の進展の中でデータ測定上の可能性などについての理解も深めていきたい。書籍化を通して改めて浮き彫りになった”中国人消費者の面子”が、今後どのような効果を日本イメージが強い商品・サービスに与えるかについて体系的に理解することは社会的にもきわめて重要であると考える。どのようなコミュニケーションを展開すれば、日本というイメージが色濃くついた対象に対する好意的な態度形成を公の場で公開することが可能になるかといった点について、さらに考察を深めていきたい。
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Causes of Carryover |
すでに述べたように、研究成果を書籍化するために要した時間が想定外にかかったため、予定した調査を延期せざるを得なかったために、研究の進捗状況に若干の遅れが生じたために予算を次年度に繰り越した。 最終年度は、今回明らかにした中国人固有の集団的な消費者行動の枠組みを踏まえて、中国人消費者に対する具体的なマーケティング活動、コミュニケーション活動に焦点を当てて、特に、メディア上で中国消費者向けの具体的な情報を発信している人々へのヒアリングなどを通じて、今回の研究成果の妥当性を確認したい。 より具体的には、日本へのインバウンドビジネスに関わるビジネスパーソン、特にメディアを通じた観光消費を促進するようなビジネスに関わっている人々へのインタビューを考えている。たとえば、日本各地への導線のデザインに関わっている中国人を念頭に置いたフリーペーパーやタウン誌の経営者、編集者などへのインタビューを予定している。また、同様な作業を、世界の各都市で発行されているフリーペーパーの編集者などに対しても行いたいと考えている。すでにインタビュー先へのコンタクトを始めている。予算の残額は、主としてこの作業に充当する予定である。
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