2018 Fiscal Year Research-status Report
戦間期静岡三地域における賀川豊彦同労者による協同組合型社会事業実践の比較研究
Project/Area Number |
16K04135
|
Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
伊丹 謙太郎 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 特任助教 (30513098)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 協同組合運動史 / 賀川豊彦 / 地域社会 / 震災救援 / セツルメント |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、当初計画においては最終年度として全体の取りまとめとともにシンポジウムの開催を予定していたが、前年度において研究の方向性に修正があり、研究期間の1年延長を申請することになった。2018年度は、1)前年度の時点で大きく盛り込むことになった岡本利吉との比較研究を通じた大正・昭和期における協同組合運動の全体的な変化と時代背景との関係について考察を深めるための史資料の整理分析を行った。また、2)賀川豊彦の思想と実践について全体として分析・解釈する研究に多くの時間を割いた。特に2)については、現代社会の諸問題との関係を意識しながら、明治末のスラムでの実践から戦後の平和運動まで、時代毎の賀川の足跡と解釈を内容とする7回の連載のほか、賀川と協同組合運動、賀川と労働運動などをテーマとした論文を執筆することになった。インプットとしては賀川同時代人として岡本利吉以外にも複数の人間を採り上げ、また賀川ミッションと関係する人的ネットワークなどについて検討する機会を得ることになった。聖隷事業団についても、当初の賀川の農村社会事業の影響を量る一つの指標であったものが、戦後の事業展開などを含め、医療・福祉分野における聖隷の研究を行うことで、戦後の福祉レジームが戦前のそれとどのように異なるのか、そのなかで賀川の福祉思想への評価がどのように変更を迫られることになったのかという方向での議論へと展開している。「地域社会」という視角から賀川受容の多様性を検討する当初の目的は、賀川以外も含む形で福祉政策/福祉思想、そして福祉実践がどのような生態系をもって同時代に適応してきたのかを分析する、より一般性の高い研究として展開することができてきている。一方で、島田市の取組は実態が不十分のため早々に対象から外したが、御殿場の実践についてはまだ研究進展に不十分なところがあり、最終年度はこの部分を埋めていきたい。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
研究実績の概要にも示した通り、三地域比較としては当初計画から大きく方向転換したこともあり、計画修正を反映して遅れが出ている。研究期間の1年間の延長を申請した上で、改訂した研究計画に沿って史資料の収集・整理分析を推進している。賀川受容の比較研究として静岡三地域における偏差を検討するという当初の狙いは、以下のように変化している。1)島田市の実践について史料を見聞した結果、あまり実態が有益なものではななかったこともあり対象から外すという処理を行った。ただし、賀川研究において不透明であった島田の取組を、参加者や事業沿革などを含めて明らかとした点には固有の意義があると思われる。2)浜松の聖隷研究は、現在の聖隷事業団等が多くの歴史史料等を保存しているため、当初より速やかに調査が進んだ。一方で、初期の農村社会事業構想は途絶というよりも、本体事業から分岐したこと、さらに初期同人の出兵などもあり、外在的要因によって当初から大きく姿を変えたことが確認される。また、医療福祉事業における聖隷の展開は戦後における極めて大きな時代背景の下での福祉レジームの変化に適応するなかで生まれたものであり、戦前の賀川農村社会事業研究の視座とは大きく異なる面もあることを確認できた。3)御殿場研究については、隣接する裾野市の岡本利吉による農村青年共働学校の取組と賀川の農民福音学校との比較研究を通じて、賀川の取組の特徴をより浮き彫りにすることに結びついた。 全体として、賀川受容の事例研究として個別性の強い研究として着手した当初計画が、戦前と戦後の福祉レジームの変化や同時代における協同組合運動の特徴の比較など、より一般的なレベルで賀川の思想・実践を位置づけ直す試みへと結びつき、成果としては期待以上のものとなった。一方で、上述のように事例レベルでの計画変更も大きかったため、1年間の追加期間を用い、研究を完遂させる予定である。
|
Strategy for Future Research Activity |
研究実績の概要および現在の進捗状況において記したように、研究計画の変更があり、1年間の研究期間延長を行った。新しい最終年度となる本年度は変更された研究計画を着実に進めるとともに、成果についても前年度実現できなかったシンポジウムの開催を含め積極的に準備を進めていく予定である。当時の賀川が農村社会事業の必要性・緊急性をどのように理解していたのか、また賀川モデルの事業がどのように展開されたのかを解明しながら、同時代の他の取組との比較の中で特徴を示すとともに、現代の地域社会問題を考えるにあたり、賀川の提唱する議論をどのようにうけとめていくことが適切であるのかを考えていく。7月には現在の地域課題に取り組む先進事例を議論するフォーラムを共催する予定であり、また、賀川が活躍した時代の貧困と現代の貧困を対比する目的で進めているフードバンク等を通じた生活困窮者支援の現在形についても改めて掘り下げた検討を加えられる最終年度としたい。大きく分けて、1)マクロな福祉レジームの変化、2)市民社会組織とりわけ共助組織の時代毎の役割・機能の位置づけ、3)賀川モデルと言われる実践・思想のあり方についての検討という3つの層を自覚的に区分しながら、最終年度の研究を推進するとともに、4年間の研究成果を論文・報告等の形で広く公表していく。こうした意味では、賀川研究としての成果はもとより、賀川研究あるいは戦前の実践史研究が現代の社会課題の解決に向けてどのような示唆を与えてくれるものであるのかを明確に語れる成果となることを想定しており、狭義の社会事業史や福祉思想史領域の研究者だけではなく、現代の実践者にとっても益する内容をもった研究となることを推進方策としている。昨年度より、わが国におけるSDGs受容の進展などに対し、賀川豊彦を軸に本質となる諸課題を問い直す試みを続けているが、こちらもより発展した成果を出していく。
|
Causes of Carryover |
1)業務上の問題により十分なエフォートを充てられないかったこと、2)研究計画の内容変更によって計画進捗に遅れが出たこと、の2つの理由から次年度使用額が生じることとなった。研究計画全体が1年度延長として申請済であり、新しい最終年度となる2019年度は、当該研究が完遂できるよう進めている。「今後の研究の推進方策」等に記載しているように、今年度は、研究の総まとめとなり、学会報告等に参加するための旅費や、本研究課題独自のシンポジウムの開催に対する人件費・謝金などを含め、アウトプット面での研究経費の支出が予定されている。なお、シンポジウムについては、前半期・後半期それぞれに1回開催する予定であり、地方から参加するシンポジストに対する旅費も計上している。
|