2018 Fiscal Year Research-status Report
母子のトラウマ体験が子の感情制御の発達に及ぼす影響
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16K04293
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Research Institution | Tokyo Gakugei University |
Principal Investigator |
大河原 美以 東京学芸大学, 教育学部, 教授 (90293000)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | トラウマ / 東日本大震災 / 母子関係 / 愛着 / 感情制御 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、次に示す2本の論文を執筆した。 ①鈴木廣子・大河原美以・豊島喜美子・林もも子・猪飼さやか(2019)母子のトラウマ体験が子の感情制御の発達に及ぼす影響(1)-東日本大震災被災評価質問紙の作成-,東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ,第70集,103-115. ②大河原美以・鈴木廣子・豊島喜美子・林もも子・猪飼さやか・響江吏子(2019)母子のトラウマ体験が子の感情制御の発達に及ぼす影響(2)-どのようにして愛着システム不全は生じるのか(横断研究)-,東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅰ,第70集,117-130. ①の研究において、東日本大震災被災評価質問紙の信頼性と妥当性を検証した。その質問紙を用いて、②の分析を行った。親から身体感覚を否定されてきたと認識している母は,「泣いてはいけない」という認識を抱え,我が子との授乳場面において認知・機能の点で混乱し,愛着システム不全が生じていた。また,親から負情動を否定されてきたと認識している母は,身体解離を抱え,身体解離は授乳場面での認知・機能の点での混乱を引き起こし,愛着システム不全を生じさせていた。また身体解離は「泣いてはいけない」という認識につながり,「泣いてはいけない」という認識は,授乳場面での認知・情動の点での混乱を引き起こし,愛着システム不全が生じることが明らかになった。東日本大震災の客観的被災状況は,愛着システム不全には関係しないことが示された。震災後1年以内に主観的に強い不安恐怖や住環境の困難を体験するということは,2年後の困難に通じ,それは授乳時における情動の混乱に関係していた。また,主観的な不安恐怖には「泣いてはいけない」という認識が関与していることが示された。 以上の結果から,愛着システム不全は,震災という単回性トラウマよりも,母の生育歴に由来する複雑性トラウマの影響下にあることが示された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度は、2016年度・2017年度に引き続き、東日本大震災の地震と津波の被災地である宮古市の小児科医院と地震のみで津波被害は受けていない盛岡市の小児科医院における乳幼児検診において、質問紙調査を実施してきた。質問紙は乳児用調査用紙(負情動・身体感覚否定経験認識質問紙/SDQ-5(身体解離傾向尺度)/愛着システム不全評価尺度/泣き否定認識質問紙)と幼児用調査用紙(子育て中の負情動被承認経験質問紙/子の負情動表出制御態度質問紙/感情制御の発達不全評価尺度)と東日本大震災における被災体験を評価する質問紙(客観指標と主観指標)である。乳幼児調査用紙は0歳児~2歳児の母親に、幼児用調査用紙は、3歳児~5歳児の母親に回答してもらった。 2017年3月で乳児用調査用紙の調査を終了し、2018年3月で東日本大震災被災体験評価質問紙の調査を終了した。現在継続している幼児用調査用紙の調査は、2020年3月で終了予定である。総調査数は、837名である。 2018年度は、東日本大震災被災体験評価質問紙の信頼性と妥当性を検証して質問紙を作成することができた。その質問紙を用いて、乳児用調査用紙の分析(横断研究)を行うことができた。その結果、愛着システム不全は,震災という単回性トラウマよりも,母の生育歴に由来する複雑性トラウマの影響下にあることが示された。このことは、単回性トラウマに対する人の強さを表しているとともに、幼少期からの育ちのプロセスの中における複雑性トラウマの影響に目をむけることの重要性を示しているといえる。また、「泣いてはいけない」という認識が震災時の反応という点においても,平常時の子育て場面においても,重大な影響をもっているということが明らかになった。このことは、子育て支援における心理教育的情報提供の点で、利用可能な有益な結果が得られたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
研究計画段階では、研究Ⅰとして「震災時に妊娠中および乳児だった子どもの4歳時点での感情制御の発達を検証する」、研究Ⅱとして「母の震災体験がその後の子育てにおける愛着システム不全および子の感情制御の発達不全にどのように影響するのかを検証する」としていた。実際の分析においては、2018年度の分析で、研究Ⅱの前半の「母の震災体験が愛着システム不全に及ぼす影響」を明らかにした。以下に示すように、2019年度の分析において、研究Ⅰと研究Ⅱで設定した課題が達成されるものとなる。 1)2019年度は、幼児用調査用紙と東日本大震災被災体験評価質問紙による横断研究の分析を実施する。それにより、研究Ⅰと研究Ⅱの後半(感情制御の発達不全)を明らかにする。 2)2020年度に分析予定の縦断研究のため、幼児用調査用紙の調査を継続し、2020年3月に終了する予定である。 3)2020年度は、乳児用調査用紙と幼児用調査用紙による縦断研究による分析を実施して、乳幼児期の愛着システム不全が幼児期の感情制御困難に与える影響を明らかにすることを通して、母の複雑性トラウマの子育てへの影響についての考察を深める。
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Causes of Carryover |
データ分析がスムーズにすすんだため、予算計上したときの時間数よりも少ない時間で終えることができた。そのため、残金が生じた。 最終年度に作成予定の啓蒙用パンフレット作成過程において、経費が発生する可能性があるため、次年度以降に繰り越しして、その経費にあてる予定である。
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