2016 Fiscal Year Research-status Report
音楽科授業における熟練教師の実践知解明によるメンタリング・プログラムの開発
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16K04724
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Research Institution | Bukkyo University |
Principal Investigator |
高見 仁志 佛教大学, 教育学部, 教授 (40413439)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 実践知 / 暗黙知 / 音楽科授業 / 熟練教師 / 新人教師 / メンタリングプログラム |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,メンタリングプログラム開発に向けた理論的枠組みを,研究方法とその可能性から提示し,データ収集のための機器の使用法を検討し配備した。具体的には,以下の通りである。 1)研究方法:① 新人教師の行う小学校音楽科授業を,リアルタイムに同室内で新人・熟練教師が観察し,授業進行にともなって思考していることを小声で発話する「オン・ゴーイング法」を採用する。② 新人・熟練教師の実践知を,「再生刺激法」により解明する。以上①,②に関するデータ収集のための機器の使用法について検討し配備した。 2) オン・ゴーイング法の可能性:現在,新人教師の職能発達支援を企図する授業研究会では,事後検討スタイルをとることが多い。そのような場でメンターらが新人教師に与える助言は,授業観察中の気づきを基盤としてはいるものの,すでに事後の知見と化した内容(reflection after actionまたは,reflection on action)で構成される。換言すれば,その状況下でしか具現化し得ない実践知に依拠したアドバイスは俎上に載せられてはいない,という点が指摘できるのである。このことは,音楽科授業研究会に大きな見直しを迫っていると考えられる。すなわち,瞬間的にその場で生起する「音楽に対する“感じ”」(Schon 1983, 佐藤・秋田訳 2001, p. 90)といった直感が鍵を握る音楽科にこそ,状況に埋め込まれた認知に基づく授業研究が希求されるのである。この視点を他の研究者とともに確立できたことが本年度の実績である。また,実践知というキーワードを用いて,音楽に関する様々な活動に生起する知を横断的に検討することで,音楽教育研究に対して新たな視点を導入した点において,独自性や意義が認められるものと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
申請段階では,平成28年度の研究計画を「音楽科における優秀な熟練教師の実践知の解明」として次の通り設定していた。1)実践知の顕在化に関する様々な方法の長所・短所を検討 (高見,2015) し,本研究に最適な方法を導く。2)3名の新人教師の行う音楽科授業(1名につき1回,別日に実施)を,リアルタイムに同室内で,3名の熟練教師が観察し,思考していることを小声で発話する(授業3回とも同じ熟練教師)。発話を手がかりに,熟練教師3名の着目した共通事象と異事象,発話の共通内容と異内容の観点から分析を進め,音楽科における優秀な熟練教師の実践知の解明を試みる。熟練教師の実践知と授業者である新人教師のそれとを比較し,両者にズレが生じる事象および認知の差異に関して検討する。 上記の計画は,実践知を単一構造ととらえていたためのものであった。しかしながら,研究の理論的枠組みの検討を重ねることで,実践知を単一構造ではなく,二重の構造でとらえた方がよりよい結果を得られるとの考えに至った。ここで言う実践知の二重構造とは,スキルを実行する知識「即時の知」と,問題状況の本質や原理に関与する知識である「信念・価値観としての知」からなるものである。この実践知の構造モデルを設定したことで,今後の研究方法を修正する必要が生じている。ただし,授業映像を詳解しながら教師の発話プロトコルを分析し,彼らの実践知を顕在化するために,帰納的アプローチ(佐藤,2008)と演繹的アプローチ(高見ら,2004,2006,2013)を併用することは,変更しないこととした。 このように,実践知の構造モデルの考え方を修正したことで,「今後の研究の推進方策 等」も変更するため,次の欄に詳しく述べることとする。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究課題として第一に指摘できるのは,計画段階で示した授業者と観察者の思考を比較することである。また,違う思考抽出法(オン・ゴーイング法と再生刺激法)によって得られたデータの比較を行う点も課題として浮かび上がる。そこで,授業者に対する再生刺激法によるデータ抽出を変更し,次の方法に修正することとしたい。 ①ある音楽授業を熟練教師が見る。→②その授業を見ながらその状況下で気づいたこと・考えていることを発話する(オン・ゴーイング法)→。③授業後,授業映像にオン・ゴーイング発話がシンクロした動画を見ながら筆者の対話による丁寧な再生刺激で(再現認知),なぜ,この状況下でこんな発話をしているのか問う。このときの認知は,二つのタイプの知に収斂されると予想できる。一つ目はその状況下での知(発話は表面的な単語羅列もあるであろう)。二つ目は,状況下の即時的に稼働する知を支える知(観や信念)である。こういった重層的な知の構造を予想している。 第二の課題として,深層にあるであろう「信念・価値観としての知」の抽出があげられる。インフォーマントへのインタビューにおいて,仮説を立てる技量,体験に基づく洞察力等,音楽科授業の文脈に即し状況と対話しながら分析する能力が,実践者だけでなく調査者にも求められている。そのためにも,今後は,実践者と研究者が協働して抽出・同定・描写に向かって試行錯誤を繰り返すことが,実践知研究を貫く枢要な課題と考えている。 また授業中の教師の思考として処理される発話を,すでに事後の知見と化した内容で構成することを避けたい。換言すれば,その状況下でしか具現化し得ない知を漏れ落とすことなく抽出することに腐心したい。すなわち,瞬間的にその場で生起する「音楽に対する“感じ”」といった直感が鍵を握る音楽科にこそ,状況に埋め込まれた認知に基づく授業研究が希求されると認識している。
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Causes of Carryover |
研究計画の修正による「備えるべき機器」の再考によるものである。研究の理論的枠組みの検討を重ねることで,実践知を単一構造ではなく,二重の構造でとらえた方がよりよい結果を得られるとの考えに至った。ここで言う実践知の二重構造とは,スキルを実行する知識「即時の知」と,問題状況の本質や原理に関与する知識である「信念・価値観としての知」からなるものである。この実践知の構造モデルを設定したことで,今後の研究方法を修正する必要が生じている。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
以下の研究方法に適応した機材を購入したい。①ある音楽授業を熟練教師が見るときの視線が追跡できる機器。②オン・ゴーイング発話のためのモニター,再現認知のための設備。また,国内だけでなく当初計画になかった国際学会への出張費としても使用していきたい。
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