2016 Fiscal Year Research-status Report
戦後の障害児教育運動に関する歴史研究ー東京都の全員就学をめぐる運動と政策を中心に
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16K04823
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Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
河合 隆平 金沢大学, 学校教育系, 准教授 (40422654)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 全員就学 / 東京都 / 文京区心身障害児実態調査委員会 / 主体形成 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年次にあたる本年度は、東京都における不就学をなくす運動の成立・展開と、そこでの障害児の教育要求の生成について検討した。具体的には、1971年から1972年にかけて東京都文京区で取り組まれた「文京区心身障害児実態調査委員会」による運動の展開に即して、不就学の問題性がいかに把握され、福祉や医療に代替されない学校教育への要求がどのように形成されたのかを検証することを課題とした。その際、不就学にまつわる個別の経験を集積しながら、保護者が学校教育への意識や行動を共同化していくプロセスを明らかにするとともに、運動に参加する多様な人びとの主体形成に即して障害児の教育要求が住民自治や地域全体の課題としての正当性を獲得していく社会化の様相を検証した。 こうした研究の課題と計画については、心理科学研究会2016年春の研究集会・歴史研究分科会(2016.4.17)において「1970年代の不就学障害児実態調査運動における心理学研究者の自立と主体形成―「文京区心身障害児実態調査委員会」を中心に」と題して報告した。本年度の具体的な作業としては、調査委員会による報告書『ぼくらにも教育・医療・福祉を』(1972)をはじめ報告書やニュースなどを分析して事実関係を整理するとともに、中村和夫氏(京都橘大学教授)への聞き書きを行った。 「文京区心身障害児実態調査委員会」は、1970年代の不就学実態調査運動のひとつの典型をなした。この運動を主導した茂木俊彦(当時・東京大学教育学部助手)を取り上げ、茂木の心理学研究者の主体形成について検討した。茂木の場合、障害のある子どもとの出会いや民間研究運動への参加が、研究者としての生き方や研究方法論の修正を直截もたらしたわけではなく、これらに「規定されつつ、とらえ返す」という主体化の契機・プロセスにおいて心理学研究をめぐる矛盾・葛藤が引き起こされていたことを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、上記したように、東京都文京区を中心に、東京都における不就学をなくす運動の成立・展開に関する資料収集と分析を中心に行い、その研究作業の過程で得られた知見の一部は、以下のようなかたちで発表した。「書評:井原哲人著『「精神薄弱」乳幼児福祉政策の戦後史 : 権利保障体系の展開と変質』『社会事業史研究』第50号、pp.179-185、2016、「特別支援学校における教育要求の組織化とその今日的課題 」『障害者問題研究』第44巻1号、pp.2-9、2016、「『夜明け前の子どもたち』の社会史にむけて」『発達のひかりは時代に充ちたか?―療育記録映画『夜明け前の子どもたち』に学ぶ』クリエイツかもがわ、pp.170-171、2017。 これらと並行して、松本昌介(元・東京都立養護学校教員)の協力をいただきながら、「全員就学」に関する東京都教育委員会ならびに運動側の資料調査・収集を行った。そのなかで、全員就学に向けた教育条件整備として重要な礎石となった、東京都立養護学校の「介助員」制度(1967年)に関する資料を収集することができたことは大きな成果であった。とりわけ都立光明養護学校におけるPTA通信『光明』、母親文集『すべての障害児に教育を』など、保護者・家族の教育要求を分析するうえで不可欠の資料を得ることができた。また、全員就学に向けた運動基盤の形成に大きな役割を果たした「障害をもつ子どものグループ連絡会」に関する資料も収集することができた。 これらにより、次年度以降、障害児の教育要求が保護者・住民から立ち上がり、学校・教師、行政職員・政治家がそれらに応答していく様相を分析していくうえで基礎的な環境をつくることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
2年次は、前年度の成果を引継ぎ、運動の提起した教育要求が養護学校の教育実践として対象化され、養護学校教育に対する社会的承認が形成されていくプロセスを検討する。具体的には、東京都障害児学校教職員組合(都障教組)による第10次(1972)~第15次(1977)「障害児教育研究集会」の実践報告や分科会討議を中心に取り上げ、養護学校希望者「全員就学」(1974)に向けた学校づくりのプロセスを検証する。教育方法・内容の実践的評価ではなく、学校側が教育要求を教育実践として対象化していく論理の実証に力点をおくとともに、養護学校建設反対運動に対する都障教組の対応を通して、養護学校の必要性を社会的に承認させていく論理を検証する。 教研集会の記録資料、『都障教組新聞』『都障教組ニュース』のほか、各養護学校の『年史』を基礎史料として分析し、深沢智子氏、福井典子氏(保護者)、吉本哲夫氏(元都障教組委員長)、松本昌介氏(元都立養護学校教員)への聞き書きを行う計画である。本年度は、日本特殊教育学会、日本教育学会、日本特別ニーズ教育学会等の関連学会において研究の中間報告を行い、聞き書き史料の一部を大学紀要に発表する予定である。 なお、初年次に課題とした、不就学をなくす運動への評価は初年次で完結させず、学校づくり(2年次・本年度)、教育行政(3年次)の各方面からの評価を加えながら、最終年度にトータルな歴史的考察を行う。したがって、次年度以降も運動に関する史料収集・分析は必要に応じて継続する予定である。
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Causes of Carryover |
本年度は資料調査・収集に時間を要したために、当初予定していた関係者への聴き取り調査を実施することができず、そのために調査旅費(東京)に残額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年度は次年度に予定していた資料調査・収集を進捗させることができたため、その分、本年度予定していた聴き取り調査をあわせて実行することで残額の旅費を適切に執行していく予定である。
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