2016 Fiscal Year Research-status Report
ルミネッセンス分光法による高分子の熱酸化劣化・放射線劣化の機構の解明
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16K05644
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture and Technology |
Principal Investigator |
中田 宗隆 東京農工大学, (連合)農学研究科(研究院), 教授 (40143367)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 熱化学発光 / 放射線劣化 / 高分子 |
Outline of Annual Research Achievements |
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は耐熱性ならびに耐化学性の最も高い高分子の一つであるが,放射線劣化については発光分光法による研究はほとんどない.そこで,研究協力者であるコーガアイソトープの廣庭隆行氏と協力して,試料にガンマ線を照射した.発光スペクトルに対する放射線照射量の影響を定量的に評価するために,10 kGyから250 kGyまでの様々な量のガンマ線を試料に照射した.ガンマ線照射は空気中および脱酸素中で行い,結果を比較することによって,空気中の酸素による酸化反応への影響を検討した.空気中でガンマ線を照射した場合には,PTFEは主鎖の炭素-炭素結合が切断されて二つの炭素ラジカルになり,一部は酸素と結合して過酸化ラジカルになることがわかっている.過酸化ラジカルと炭素ラジカルが結合すると過酸化物が生成し,この過酸化物が加熱したときの発光種になる可能性がある.そこで,廣庭隆行氏と協力して電子スピン共鳴スペクトルを測定し,照射した放射線量と過酸化ラジカルの存在量との関係を定量的に調べた.また,ラジカルの安定性を調べるために,試料を様々な温度に加熱して,様々な加熱時間で測定したスペクトルを比較した.加熱したときに発生するガスについてはマトリックス単離赤外分光法を用いて同定した.マトリックス単離されたガスの赤外吸収スペクトルを測定し,文献値との比較,あるいは,量子化学計算によって得られるスペクトルパターンとの比較によってガスの同定を行った.また,ガスクロマトグラフィー質量分析装置を用いて,発生したガスの同定に役立てた.さらに,熱酸化劣化にともなう粉末試料の紫外可視吸収スペクトルの変化を測定し,様々な実験結果を総括的に説明できるガンマ線照射したPTFEの熱酸化劣化および放射線劣化の機構を解明した.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
粉末のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に10 kGyから250 kGyの範囲でガンマ線を照射した.試料を空気中でガンマ線照射すると,熱化学発光の強度が放射線量に比例して増加することがわかった.一方,試料まわりの空気を取り除いてからガンマ線を照射すると,110 kGy以上の放射線量では強度が減少することがわかった.PTFEにあらかじめ141 kGyのガンマ線を照射し,機械的に粉砕して低分子量のルブロンを作成した.ルブロンにはアモルファス領域と結晶領域があり,結晶領域ではガンマ線照射によって生成する炭素ラジカルがわずかに残存する酸素と反応して,発光種である過酸化ラジカルを生成することがわかった.一方,電子スピン共鳴法を用いてラジカルの存在量の解析を行った.その結果,機械的な粉砕によって試料の表面積が増加して,表面での酸化反応による発光種の生成が増加することがわかった. ガンマ線照射したPTFEの熱劣化機構を解明するために,真空中で等温的に140℃で加熱したときに発生するごく微量の気体をネオン固体中に蓄積した.赤外吸収スペクトルを測定すると,1941,1910,1237と 961 cm-1にCOF2のシグナルが観測された.また 1278 cm-1 にCF4,のシグナルが観測された.これらの帰属は文献値との比較によって行った.加熱時間に対する赤外吸収強度の変化を利用して,反応速度解析を行い,ガンマ線照射したPTFEの熱反応速度定数を決定した.その結果,CF4 は加熱直後にCOF2よりも急速に放出されることがわかった.同様の実験をルブロンで行うと,CF4はより多く生成されやすくなるが,COF2の発生はPTFEとほとんど変わらないことがわかった.したがって,COF2 とCF4 は異なる熱反応機構で生成することがわかった.それぞれの熱反応機構のモデルを提案した.
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Strategy for Future Research Activity |
福島原発事故によって海産物の放射線汚染が危惧されている.そこで,有機高分子(ポリテトラフルオロエチレン)で確立した放射線劣化の機構の解明法を無機高分子にも応用することを試みる.たとえば,貝類の主成分である炭酸カルシウムに様々な放射線量のガンマ線を照射して,照射試料の加熱による熱発光スペクトルをマルチチャンネルフーリエ変換型の微弱発光分光分析装置で測定する.測定した熱発光スペクトルをバンド分離して発光種の種類の数を特定する.また,ガンマ線を照射する前の試料と後の試料でスペクトルが異なる場合には,発光種の違いを検討する.ガンマ線を照射した試料については発光強度と放射線量との相関を求め,どの程度の少ない放射線量までルミネッセンス分光法で照射履歴の検出が可能であるかを検討する.さらに,放射線の照射後の熱発光スペクトルが時間とともにどのように減少していくか,経時変化を詳しく調べ,放射線履歴の検知法としての可能性を検討する. 炭酸カルシウムの結晶形には3種類がある.カルサイト,アラゴナイト,バテライトである.一般に,自然界ではカルサイトが最も安定で,アラゴナイトは準安定,バテライトは不安定であるといわれている.貝類の種類によって結晶形が異なる可能性がある.カキやホタテなどはカルサイトと言われているが,アサリやシジミはアラゴナイトと言われている.結晶形の違いによって熱発光スペクトルが異なる可能性がある.そこで,それぞれの貝類について赤外吸収スペクトルを測定して,結晶形を確認する.また,炭酸カルシウムの結晶形は400℃以上の高温でアラゴナイトからカルサイトに相転移することが知られている.そこで,同じ貝類を用いて,相転移の前後で熱発光スペクトルが異なるかどうかを検討する.結晶形と熱発光との相関から,貝類の発光機構を分子レベルで解明する予定である.
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