2016 Fiscal Year Research-status Report
新しい自由エネルギー分割法を用いた分子内環境自己制御法の開発
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16K05664
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Research Institution | Osaka Prefecture University |
Principal Investigator |
麻田 俊雄 大阪府立大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (10285314)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | QM/MM法 / CDRK法 / QM(CDRK)法 / 自由エネルギー成分分割法 / 分子動力学シミュレーション / 酵素反応 / 反応経路最適化 / 自由エネルギー勾配法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、耐性菌が産生するベータラクタマーゼによる抗生物質の分解反応を抑える抗生剤の開発を目指して、耐性菌による分解反応メカニズムを解明することである。これを達成するための研究実施計画として、当該年度に自由エネルギー面上の高速な反応経路の最適化および量子化学計算の信頼性を有する新しい自由エネルギー分割法を確立することを計画した。 当該年度の目的は良好に達成できたと評価している。行った研究の具体的内容を以下に示す。 1. 独自に開発した分子軌道計算から得られる分極を定量的に再現することができるCharge and atom Dipole Response Kernel (CDRK) 法を量子化学(QM)領域と力場(MM)領域に分割するスキームに適用したQM(CDRK)/MM法を提案した。これにより、もっとも計算コストがかかるQM領域を信頼性が高いCDRK法で近似することから信頼性を保ったまま、劇的に高速化することに成功することができた。次に、自由エネルギー勾配(FEG)法と最小エネルギー経路を最適化することが可能なNudged Elastic Band(NEB)法を組み合わせた手法に適用し、自由エネルギー面上の反応経路を最適化することに成功した。 2. CDRK法の特色のひとつに自由エネルギー成分を原子間の寄与に分割することが可能である点があげられる。実際に自由エネルギー成分分割の定式化を行い、ベータラクタマーゼによる抗生物質の分解反応経路に適用し、反応に重要な役割を果たす8残基を突き止めた。 本研究の意義は、従来の信頼性が高い分子軌道法を用いた場合には、相互作用を原子間の寄与に分割することが困難である一方、本手法では定量的に分割可能になる点である。重要なこととして、反応制御のための分子設計指針を明確化できる点である。これらの結果は当該年度に論文で発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ベータラクタム系抗生物質が耐性菌から受ける分解反応メカニズムの解明のため、初年度中に自由エネルギー面上の分解反応経路を最適化することを目指していたが、計画通りに最適化を完了することができた。この研究を進めるうえで鍵になるのは、活性中心をQM領域としたときに周囲のMM領域の動的な構造変化に対して、QM領域内の力の変化とエネルギーの変化がCDRK近似のみを用いて、定量的に分子軌道計算の結果を再現できるかどうかにあった。独自に提案した原子分極を考慮することで、1 nsecにわたるMM領域の構造変化に対し、両者を正しく再現することが確認できたことで、我々の方法の信頼性が確認できた。したがって、QM(CDRK)/MM法の計算機シミュレーションを用いて高い信頼性で自由エネルギー面の勾配を得ることに成功したといえる。これにNEB法を併用することで、当初の研究計画であった自由エネルギー面上の反応経路を活性中心の構造変化とともに明らかにすることに成功した。
つぎに、CDRK法は原子対毎の相互作用の和でQM領域が受ける影響を近似したものであるため、その発展として反応経路に沿った自由エネルギー変化を原子間の相互作用の成分に分割する定式化を行った。これにより、耐性菌の構造を形成するアミノ酸残基の空間配置から、抗生物質がうける相互作用を原子間相互作用成分に分割することができ、活性点を中心とする8個のアミノ酸残基からの抗生剤の分解反応への寄与が最も大きいことを明らかにすることに成功した。この情報は、新しい抗生物質の分子設計指針を検討するうえで十分な知見を与えるものであることから、おおむね順調に研究が進展していると自己評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
ベータラクタマーゼは耐性菌が産生する酵素の一つである。耐性菌に打ち勝つためには、菌がもつ分解反応メカニズムを明らかにし、基質としての抗生物質がどのような影響を受けているかを明らかにすることが重要である。菌が産生する分解酵素のアミノ酸配列自体を変化させるためには、遺伝子操作が必要になる。これは容易なことではない。これに対して、分解反応の詳細なメカニズムが明らかになれば、既存の抗生物質を分子修飾して、ベータラクタマーゼによる分解に強い分子構造への再設計が可能になる。本課題の研究を通して、反応中心に影響を及ぼすアミノ酸残基は、遠距離力の静電相互作用を及ぼすことができる酸性または塩基性の残基であり、実際に重要な残基は8種類と特定することができた。 静電相互作用が主たる原因であれば、8種類の残基から生じる静電場を打ち消すように抗生物質内に極性の高い酸性または塩基性の置換基を導入することができれば、ベータラクタマーゼによる分解反応を大幅に弱めることができるはずである。このことから我々の手法を用いれば、分子自己環境制御が実用可能になると確信している。今後の方策として、すでに明らかになった8種類のアミノ酸残基からくる静電場をコントロールできるような自己静電環境を生み出す置換基設計を開始する。この際、実行上の問題となる可能性は、置換基導入箇所が活性中心に近ければ近いほど自己静電場をコントロールしやすくなる一方、それ自体がベータラクタマーゼのアミノ酸残基からくる影響を強く受けて、分解反応の自由エネルギー面制御の誤差が大きくなることである。これらの距離依存性について、今後検討を重ねることでより有効な分子設計指針が得られるものと十分に期待できる。
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Causes of Carryover |
研究を推進するうえで必要となる計算機を準備するにあたり、メモリをはじめとする物品の価格高騰が生じたことから、当該年度はメモリ削減をおこなって必要最小限度の性能で研究を実施することにした。当初は、研究のスムーズな遂行にあたって多数の条件検討を実施する必要があるが、今年度は目的の計算機性能を満たすことが困難であるため、次年度に性能向上を行うことにした。 一時的な価格高騰である可能性が高いこと、および、初年度での研究にあたっては多数の条件分岐を次年度に繰り越しても全体の計画に及ぼす影響が最小限に抑えられることから、全研究機関を通して検討した結果、繰り越すことが賢明であると判断したことが次年度使用が生じた理由である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究を遂行するためには多数の条件検討が必要であるため、計算機性能を向上させて効率的な設備に整備しなければならない。そこで、次年度は初年度に繰り越したメモリ増設を柱とする計算機性能の向上を行う。 検討すべき分子設計条件について、メモリ増設によりコアあたりの負荷を分散できる高速処理可能な計算機として整備する。併せて、高速なプログラムへのチューニング支援ソフトウェアの整備および情報の可視化に必要となるグラフィック性能が高い設備の追加購入を行うことで、当初の想定を超える効率的研究を推進することが可能になると期待できる。
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