2016 Fiscal Year Research-status Report
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16K05675
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Research Institution | Japan Atomic Energy Agency |
Principal Investigator |
志賀 基之 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, システム計算科学センター, 研究副主幹 (40370407)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 計算化学 / 水 / グリーンケミストリー / 有機反応 / 第一原理分子動力学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、これまでの計算化学では不可能であった複雑な溶液反応を解析できる革新的マルチスケール分子動力学法を確立することによって、水を反応場とする未知の有機反応メカニズムの理論的解明にあたる。有機溶媒に頼らない新たな有機合成ルートはグリーンケミストリー分野で重要課題であるが、なかでも近年注目されている水溶液中で立体選択性を保つ反応を研究対象とする。 マルチスケール分子動力学法では、反応中心と周辺の水の部分を量子化学計算で扱いつつ、バルクの水を古典力場計算で扱うことで、複雑な水溶液のシミュレーションができる。しかし、化学反応は確率的に稀にしか起きない事象で、通常の分子動力学法ではうまくいかないため、拡張が必要である。そこで、本年度では、遷移状態理論に則って、反応経路上の自由エネルギー曲線を評価するため、反応座標を解析するストリング法、反応経路を解析するメタダイナミクス法、自由エネルギーを解析するブルームーンアンサンブル法をマルチスケール分子動力学法と組み合わせた手法を開発した。また、開発した汎用コード "PIMD" は原子力機構のウェブサイトで公開した。 第一原理分子動力学法を用いて、熱水における2,5-ヘキサンジオールの脱水の反応機構について研究を行った。その結果、この反応はプロトン化、結合交替と脱プロトン化を含む反応全体において、安定な中間体を形成することなく、連続的に進行することがわかった。この際、周囲の水の作る水素結合ネットワークは、反応の開始時と終了時における効率的なプロトンリレーを促す上で重要な役割を持っていることが明らかになった。この反応は 36 kcal/mol のエネルギー障壁のある SN2 経路を取ることがわかり、実験で観測されている高い立体選択性と反応速度に一致する結果を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初計画であげた二つの研究項目について以下にまとめる。 (1) 革新的マルチスケール分子動力学法の開発 本研究では、反応を支配している座標系である集団座標を選びだすため、ストリング法を用いて最小エネルギー経路を計算する。また、選んだ集団座標をもとに、メタダイナミクス法やブルームーンアンサンブル法を用いて、自由エネルギーの概形を計算することによって、遷移状態を特定し、反応物から生成物へ至る反応経路を決定する。こうして、ストリング法、メタダイナミクス法、ブルームーンアンサンブル法の三つをマルチスケール分子動力学法と統合することにより、従来は困難であった複雑な溶液反応の計算化学的研究を可能にする革新的なマルチスケール分子動力学法を確立する。この手法開発は、当初の予定通り、30年度の完成に向けて順調に進んでいる。 (2) 水を反応場としたグリーンケミストリー 前述の方法を利用して、水溶液で進行する立体選択的有機反応の典型例として以下の三つを取り上げ、実験で知られていない詳細な反応メカニズムと水の果たす役割について調べる。当初計画の通り、水溶液中で進行する Diels-Alder (DA) 反応は、有機溶媒中よりも反応が速く、無水マレイン酸とフランの DA 反応を対象として、水素結合による水中反応加速のメカニズムの研究を行った。また、当初計画の通り、バイオマス燃料に由来するポリアルコール類のうち、ヘキサンジオールの加水分解反応について研究を行った。周囲の水の作る水素結合ネットワークが反応の開始時と終了時における効率的なプロトンリレーを促す上で重要な役割を持っていることが明らかになるなど、反応メカニズムに置いて新しい知見を得ることに成功した。また、Phys. Chem. Chem. Phys. 誌などに論文発表を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
当初計画であげた二つの研究項目について以下にまとめる。 (1)革新的マルチスケール分子動力学法 プログラム開発を 30 年度までにすべて完成させる。より複雑な反応を解析するため、高次元の反応経路に対応した自由エネルギー計算法、動的反応経路に基づく反応速度計算法など、最新の手法を取り入れる。MPI FORTRAN プログラミングにより並列計算を取り入れ、高速化をはかる。同様の並列計算は、研究代表者が過去に行った研究課題(科研費・若手研究 B 「水素・重水素移動反応の量子統計力学的 第一原理計算」)で経験済みである。 (2)水を反応場とするグリーンケミストリー ポリアルコールの加水分解反応において、ブタントリオール、ヘキサンジオールなどを対象として、温度・圧力、酸性度を変えてシミュレーションを行い、反応性が変化するメカニズムを調べる。逆アルドール反応において、グルコースとグリコールアルデヒド、ブチルアルデヒドなどを対象として、水溶液と超臨界水のそれぞれシミュレーションを行い、その違いを調べる。余裕があれば、水・有機溶媒の界面で進む反応のシミュレーションを行い、反応場としての界面の役割を調べる。 研究協力者である東京大学の佐々木岳彦氏と Barcelona 大学の Jordi Ribas-Arino 氏と相談しながら進める。佐々木氏はグリーンケミストリーに詳しい実験研究者であり、Ribas-Arino 氏は計算化学的手法に詳しい理論研究者である。Ribas-Arino 氏とは TV 会議で密に連絡取り合うほか、年一回ペースで Barcelona または原子力機構(千葉県柏市)で研究打ち合わせを行う予定である。
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Causes of Carryover |
当初150万円の予算で高性能計算機クラスターを購入し使用する予定であった。しかし、今年度は原子力機構の大型計算機を利用し、研究遂行に支障がなかったため、購入を見送った。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
当初予定していた高性能計算機クラスターを購入する予定である。また、研究遂行に当たって、化学反応を扱う分子シミュレーション法に関する情報を広く収集する必要が生じてきたため、その研究会開催費にも使用する予定である。
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Research Products
(11 results)