2016 Fiscal Year Research-status Report
繊維構造形成過程のその場観察による繊維強度発現機構の解明
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16K05910
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
大越 豊 信州大学, 学術研究院繊維学系, 教授 (40185236)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | X線 / シンクロトロン / アンジュレーター / 繊維 / 繊維構造 / 強度 / PET / Polypropylene |
Outline of Annual Research Achievements |
高速紡糸・延伸などによって配向した高分子材料が配向結晶化を起こし、強度や弾性率などの繊維物性が顕著に増加することは良く知られている。しかし高強度の繊維では、分子の配向や結晶化度が飽和傾向を示す。このことは従来の構造評価パラメータでは強度設計に不十分なことを意味しており、有用な指針となる新たな構造パラメータが求められていた。 繊維・フィルムの延伸等、繊維・高分子材料を高度に配向させると、配向結晶化により数ミリ秒で繊維構造が形成される。短時間で完了するこの構造形成過程は観察が難しかったが、レーザー光照射加熱を利用した連続延伸と高輝度のシンクロトロン放射光の組み合わせることで、繊維構造の形成過程を200マイクロ秒程度の時間分解能で測定できている。本研究では、FSBLのアンジュレーター光源を利用することで、時間分解能を50マイクロ秒まで向上させ、外力を支えるフィブリル構造が形成されていく過程を調べる。測定対象とする繊維材料はPETとPEN,およびPPであり、紡糸・延伸条件が高次構造形成におよぼす効果を定量的に評価することにより、繊維強度向上に際して有用な指針となる構造パラメータを提案することで、繊維・高分子材料の強度設計に新たな視点を提供し、実際の繊維製造工程に応用することを目的とした。 平成28年度は、Poly(ethylene terephthalate)の紡糸・延伸条件が繊維構造形成におよぼす効果に注目した。紡糸条件は500 - 2000 m/min。いわゆるUDYからPOYの下限に至る範囲とした。また延伸条件としてはネック延伸が安定する最低の倍率と、最高に近い延伸応力約100 MPaの条件に注目した。実験の結果、形成されるsmectic相の量、結晶化の誘導時間と進行速度、小角X線像の変化、特に長周期の経時変化に、明瞭な紡糸・延伸条件依存性が観察された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
Undulatorを装着したシンクロトロン光源(SPring8、BL03XU)を使用することで、PETの繊維構造形成過程を時間分解能100μs以下でその場測定することに成功した。ネック延伸後1 ms以内でほぼ完了する繊維構造形成過程での小角X線散乱像および広角X線回折像を、この時間分解能でその場撮像し、これらの解析によって、フィブリル状のsmectic像が形成され、さらにこれの消滅と平行して結晶化と長周期構造が形成されていく過程を調べた。 この結果、延伸前の繊維(as-spun繊維)作成時の紡糸速度および延伸倍率によって顕著に差が有ることが実証され、これらの差を定量的に解析することに成功した。すなわち、低速紡糸繊維を低倍率で延伸した場合にはsmectic相は形成されずに小角像に顕著なX字状のパターンが観察され、均一なラメラ結晶の形成が優先しているとみられるのに対し、低速紡糸繊維を高倍率で延伸した場合にはsmectic相を経たフィブリル状構造の形成が優先し、さらに高速紡糸(いわゆるPOY)繊維では、おそらく紡糸時に形成されていた微結晶核の成長が優先する結果、smectic相はほとんど形成されず、不均一なラメラ構造が形成される。本研究の実験結果より、これらのメカニズムの違いを、smectic相の量および経時変化、結晶化の誘導時間および進行速度、長周期の大きさおよびその経時変化という形で定量的に評価することに成功した。 これらの結果は、それぞれの紡糸・延伸条件で作成した延伸繊維が持つ熱的・機械的性質を良く説明している。したがって、繊維構造形成過程の高時間分解能観察によって、繊維の熱・機械物性、特に繊維強度の発現機構を定量的に推定することができることが明らかになった。
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Strategy for Future Research Activity |
H28年度の研究成果より、繊維構造が形成されていく過程を解析することで、本研究の目的である繊維の強度発現機構に関して、有益な情報を得られることが明らかになった。今後はより定量的な強度推定、さらにはより高強度な繊維の製造を視野に入れた繊維構造形成過程の能動的制御を目指していきたい。 このため、まず高強度の繊維構造が形成される際に形成される特徴的な構造であるsmectic相の状態について、より詳しい情報を得ることを目指す。すなわちH28年度の研究で注目したsmectic相の量に加え、この相のサイズ、パッキング性、および乱れの大きさに注目する。紡糸・延伸条件を変えた試料についてこれらの時間変化を追うことにより、繊維の強度が発現するメカニズムを、より明確にできると考える。 また、繊維の強度は、H28年度の研究で注目した結晶・非晶・smectic相、および長周期構造というナノサイズの構造の平均値だけでは説明できず、それらの均一性にも大きく影響を受けることが示唆された。すなわち、繊維は、ナノ構造の不均一性から成長した構造欠陥によって、破壊に至ると考えられる。このため、ナノ構造の不均一性から構造欠陥が成長するプロセス、より具体的にはボイドが形成・成長するメカニズムにも注目したい。 さらに解析対象も、当初計画に沿ってPPおよびPENへと拡大していく予定である。
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Causes of Carryover |
ほぼ当初計画どおりの研究費を支出しているが、論文投稿費用が予定より安価に済んだため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額は、H29年度請求額と合わせ、増加が予想される報文の英文校正と投稿に要する費用、および学会発表費用に使用する。
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