2017 Fiscal Year Research-status Report
湿地性針葉樹ヌマスギの水環境適応を担う遺伝子基盤の解明
Project/Area Number |
16K07466
|
Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
楠見 淳子 九州大学, 比較社会文化研究院, 准教授 (20510522)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
岩永 史子 鳥取大学, 乾燥地研究センター, 研究員 (50548683)
|
Project Period (FY) |
2016-10-21 – 2019-03-31
|
Keywords | 湿地性針葉樹 / 水環境適応 / トランスクリプトーム / 正の淘汰の検出 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は湿地性針葉樹ヌマスギ(Taxodium distichum)の水環境への適応に着目し、環境適応に関わる遺伝子の探索とそれらの進化過程の解明を明らかにすることを目的とする。本年度は、稚樹を用いた栽培実験系の確立と遺伝子発現解析に必要なcDNA配列データの収集およびトランスクリプトーム解析を行った。まず、2年目の稚樹を5つの環境条件(コントロール、乾燥、冠水、1%塩水、5%塩水)で10日間栽培した。最も植物へのダメージが強く現れたのは乾燥条件で、葉の枯死やアントシアンの過剰な蓄積が認められた。一方、冠水、塩水の条件では、著しいダメージは認められなかった。特に、乾燥条件では植物の状態の個体差が大きく、稚樹の状態を厳密に揃える等、実験条件の検討が必要である。次に、稚樹を3つの部位に分けRNAを抽出した。得られたRNAはNGSを用いたRNA-seqを行った。現在、RNA-seqデータの詳細な解析を進めており、環境条件に夜遺伝子発現の変動解析から水環境適応遺伝子の探索を行う。各環境において発現に有意差が認められた遺伝子については、機能的なアノテーションを行った約30000個のunigeneデータを基に機能の推定を行う。今後はRNA-seqの解析から得られた情報を基に、100-200の適応候補遺伝子を選抜しマイクロアレイによる発現解析を試みる。 さらに、先行研究で得られた配列をもとに、ヒノキ科とマツ科近縁種のデータを用いた分子進化学的手法(PAMLプログラム)を用いた正の淘汰の検出を試みたが、有意な結果が得られた遺伝子はなかった。このような結果がでた原因としては、正の淘汰がほとんど働いていないことも考えられるが、もう一方で統計的検出力不足にをよる可能性も高い。より検出力を高めるには、広い領域の遺伝子の配列情報が不可欠であり、RNA-seqのデータのみでは不十分である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
1)栽培実験系の確立―稚樹の栽培条件の検討を行った。まず、25℃の下で、光条件(50~180μmol/m2/s)と湿度条件(50~70%)を変えて試験的に栽培し、最も生育状態が良好な条件を検討した。強光や低湿度の条件では個体間で生育状態に大きな違いが見られた。個体間の生育状態の差が小さく、植物の状態も良好な光条件は約50μmol/m2/s、湿度は60-65%であった。この条件を、コントロールとして以下の実験を行った。 2)遺伝子発現パターンの解析と水環境適応に寄与する遺伝子の検出―5つの環境条件(コントロール、乾燥、冠水、1%塩水、5%塩水)で10日間栽培し、根、頂芽と新葉、成葉の3つの部位に分けてRNAを抽出した。計15個のRNAサンプルについて、RNA-seqの解析を行った(pair-end, 100 bp, 各サンプルあたり~4000万リード)。現在、得られたデータの解析を行っており、発現変動がある遺伝子の抽出を行っている。 また、昨年度作成した30000個のuni-geneについては、TRAPID (Van Bel et al., 2013), Megan(Huson et al. 2007)を用いて機能的annotationを行った。これらの情報を元に水環境応答に関わる遺伝子の機能推定を行う。 さらに、先行研究で得られたヌマスギの配列をもとに、分子進化学的手法(PAMLプログラム)を用いた正の淘汰の検出を試みた。しかしながら、統計的に有意な結果が得られた遺伝子はなかった。この原因としては、遺伝子の配列が短く、解析に利用できる近縁種のオーソログ遺伝子の配列数も少ないため検出力が非常に低いことがあげられる。より検出力を高めるには、広い領域の遺伝子の配列情報が不可欠であり、RNAの抽出方法の改善やNGSデータのアセンブル方法の工夫が必要であると考えられる。
|
Strategy for Future Research Activity |
1)栽培実験―同じ環境条件に晒した場合でも、個体によって植物に現れるダメージの強さに違いが見られた。これは、実験前の稚樹の状態、個体間の遺伝的な違いが原因として考えられる。今後は実験前の稚樹の選抜を厳密に行い、各条件で複数個体のサンプルからRNAを抽出し、遺伝的な違いによる発現量のばらつきを検証できる実験が必要である。 2)遺伝子発現解析―今年度のRNA-seq解析によって得られた情報を基に、100-200の適応候補遺伝子についてマイクロアレイによる発現解析を試みる。マイクロアレイを用いる場合、発現パターンを解析できる遺伝子数は減ってしまうが、多数のサンプルを解析できるメリットがある。個体間の誤差が大きい可能性を考慮すると、解析するサンプル数を増やすことは必須である。可能であれば、それぞれの環境条件において経時的な遺伝子発現変化の解析も試みる。 3)データ解析-これまでは代表者一人でデータ解析を行ってきたが、所有する2台のPCで解析を行うにはデータ量が膨大であり、予想以上に時間を要した。今後マイクロアレイデータの解析も加わることを考慮すると、統計的手法を用いた解析が必須であり、さらに分子進化学的解析や多型解析を並行しつつ円滑に解析を行っていく上で、分担者を加え協力して解析を進める必要がある。
|
Causes of Carryover |
今年度の年度末に研究棟の移転が行われため、その準備も含めて3ヶ月ほど実験が十分に行えない状態が生じた。このため、その期間に使用する予定であった物品費や研究打ち合わせのための旅費が未使用となった。代表者の学会参加に関わる旅費は別予算で支払っている。次年度は、繰り越した予算と合わせてマイクロアレイ解析を行う予定である。また、新たに分担者を加えてデータ解析を円滑に行える体制を整え、早い時期に研究打ち合わせを行う予定である。
|