2018 Fiscal Year Research-status Report
貝形虫類にみられる閉殻感知システム―化石生物への展望と進化学的考察―
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16K07478
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
塚越 哲 静岡大学, 理学部, 教授 (90212050)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山田 晋之介 国際医療福祉大学, 医学部, 助手 (30772123)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 貝形虫類 / 閉殻感知システム / 感覚子孔 / 間隙性生物 |
Outline of Annual Research Achievements |
兵庫県切浜海岸よりRenaudcypris属の未記載種の採集を行い,感覚子孔を外部形態から4タイプに分け,さらにその開口部の形状から細かい機能を推定した.これに基づいて,脱皮齢ごとの感覚子孔の分布変化を観察し,初期脱皮齢では刺激感知の方向が前後方向に限定された感覚子孔が背甲縁辺部にみられるが,後期脱皮齢ではこれが消失するとともに,刺激感知の方向が1点に固定された感覚子孔が背甲を広く覆うように変化することを明らかにした.初期脱皮齢の状態は同上科の遊泳性種とよく一致し,実際本種の初期脱皮齢は遊泳することも観察された.また後期脱皮齢の状態は,砂粒に囲まれた間隙環境に適応した状態であることが理解できた.このような結果から,本種は表在性種である祖先種から間隙性種へと適応進化する中途段階にあることを実証的に説明した.また,背甲縁辺部を取り巻くように発達する皮膜状のselvage構造に着目すると,この構造に沿ってほぼ等間隔に縁辺感覚子孔が分布しており,閉殻時には両殻が合わさることによって,selvage構造が密着・変形することが観察され,この状態の時,縁辺感覚子孔はselvage構造に圧されることによって傾倒することが確認できた.これは貝形虫類が閉殻感知にselvage構造と感覚子孔を組み合わせて用いていることを強く示唆するものとなった. また,和歌山県元島と静岡県三保より採集された間隙性種Anchistolocheres sp. 1と神奈川県三崎より採集されたAnchistolocheres sp.2の感覚子孔の分布変化を個体発生を追って追跡した.これらが含まれる上科Bairdoideaでは,先行研究で示された上科Cytheroideaのように種ごとの安定性は見られなかった.上科Bairdoideaは系統的に古い分類群に属し,感覚子孔の遺伝的安定性に差があることが示唆された.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」に記したように,新しい(未記載)分類群をとらえつつ,分類群ごとの特色を把握し,そのうえで感覚子孔の働きや閉殻感知に関する具体的な関与をとらえることができた.これらの事柄は,これまで全く知られていなかった新たな知見となった.例えば,Renaudcypris属に見られた新たな知見は,国際会議・第3回アジア貝形虫会議でポスター発表がなされ,最優秀ポスター賞に選出された.Anchistolocheres属に見られた知見も,日本動物分類学会の大会で公開され,多くの反響をえることができた. いずれも,非常にまとまったデータを取ることができたので,学術誌に投稿できるレベルとなったと感じている. ここで得られた成果は,2つの分類群それぞれに見られる問題も含むが,多くは他の貝形虫類や,発達した背甲をもつ甲殻類全般に当てはまる事象をとらえたものとみることができる.したがって,他の分類群にもこれらの研究成果をあてはめ,また分類群ごとの特性を考慮しながら観察結果を蓄積することによって,きわめて総括的な感覚受容ならびに閉殻認識システムに関する新たな視座を構築することが可能になると考えられる. 「化石標本への応用」という点に関しては,このような微細な形質が保存されている標本に乏しく,十分な標本を検鏡するまでには至らなかった.しかしながら,三葉虫の中でエンロールする種の標本の中で特に保存の良い標本を走査型電子顕微鏡で観察したところ,エンロール(防御姿勢)時に接触する部位に,貝形虫類の縁辺感覚子孔のように1列に並んだ小孔が観察された.このことは,三葉虫においても貝形虫類の閉殻と同じシステムでエンロールを感知している可能性が示され,今後の課題となる.
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Strategy for Future Research Activity |
まず,これらの研究成果の公表に力を入れる.日本動物分類学会,日本ベントス学会,日本動物学会などの大会に参加して研究成果を公表する.また学術誌にも投稿してゆく.もちろんレポジトリ等による公表も視野に入れる. ここで得られた知見を拡大・応用することも試みる.一つには,Renaudcypris属の分子系統解析を進め,系統的に直近の分類群を突き止めて両者を比較し,系統的制約を基準に,各々の分類群が適応の過程で閉殻感知を含む感覚受容システムをどのように進化させていったのかを考察し,このシステムの進化学的理解を深めることを進めたい. Anchistolocheres属については,祖先的な形質を多く残す分類群であることを生かし,より広く適応放散している派生的な分類群と比較して,貝形虫類全体の中での感覚受容システムの進化についてとらえられるよう,データの蓄積を試みる. また,貝形虫類以外の節足動物で,閉殻する貝甲類や蔓脚類,エンロール(防御姿勢)する等脚類等について縁辺部の構造を調べ上げ,同様の閉殻感知を含む感覚受容システムがどこまで取り入れられているのかを俯瞰することによって,節足動物の進化の中でこのシステムが「どこまで」「どのように」取り入れられていったかについて理解を深めたい.
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Causes of Carryover |
当初の研究計画はほぼ達成できたが,メインとする分類群Renaudocypris属だけでなく,異なる分類群の複数種について,感覚子孔のタイプ分けと個体発生に伴う個数・密度の変化に関する比較データが必要となった.このためのデータをさらに取り,整理するための時間を要するため,次年度使用を行う必要がある. この研究成果は来年度開催される日本動物分類学会大会(6月),日本ベントス学会大会(9月)等で公表する予定である.
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