2017 Fiscal Year Research-status Report
昆虫の交尾器進化:ミナミカワトンボ科の毛細管現象を用いた精子掻き出し機能
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16K07486
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
林 文男 首都大学東京, 理学研究科, 教授 (40212154)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 精子競争 / 配偶行動 / 性選択 |
Outline of Annual Research Achievements |
ミナミカワトンボ科に属するトンボ類のオスの交尾器の構造と機能を明らかにする目的で,東アジアから東南アジアにかけて分布する本科の成虫の形態観察と野外調査を本年(2年目)も引き続き行った.7月には中国四川省において中国の研究者との共同研究を行い,3月にはベトナム南部においてベトナムの研究者との共同研究を行った. ミナミカワトンボ科に関する分類学的研究は少なからず混乱した状態であったので,まず,その分類学的問題を解決するよう,ベトナム産を中心に総説を行った.その結果,ベトナムには23種が生息することが明らかとなり,その内2種を新種Euphaea sanguinea Kompier et Hayashi, 2018およびEuphaea saola Phan et Hayashi, 2018として記載した.また,これら全種について,ベトナムを中心とした分布図を作成した.ミナミカワトンボ科では,予想以上にメスの採集が困難であることが多く,今回の新種以外に3種のメスの形態的記載も行った. これまでに得た標本,各地の博物館に所蔵されている標本について,ミナミカワトンボ科各種のオスの頭幅,前翅長,後翅長,斑紋長,交尾器サイズを測定し,アロメトリー解析を行い,各部位に及ぼす性選択の検出を試みた.その結果,オスの翅に斑紋がある種においては,その斑紋の大きさに性選択が作用している可能性が示唆され,配偶行動の際のオス同士の闘争(あるいはメスによる配偶者選択)が繁殖成功率に影響を及ぼしていると考えられた.一方,オスの交尾器の大きさに関しては,頭幅と無相関である種が多く,交尾器の形態はオスの体の大きさに関係なく一定サイズを保つというこれまで昆虫類で一般的に認められている法則が成立している可能性が示唆された.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昆虫類の交尾器の形態は多様であり,記載分類においては,交尾器の形態的差異が大きければ生殖的隔離が生じているだろうという考えに準拠して種の記載を行う.一方,昆虫類の交尾器は,形態的に多様であるばかりでなく,機能的にも多様であろう.精子競争を避けるために,オスが交尾器を使ってすでにメスの体内に貯えられている他オスの精子を掻き出してから,自分の精子を渡すという「精子置換」という行動もオスの交尾器の機能の一つである.精子置換は,キボシカミキリ,コバネハサミムシ,カワトンボ類の数種で知られた現象である.いずれも,オスの交尾器にある微細な「棘」で精子を掻き出すか,交尾器の先端にある「かえし」構造で精子を掻き出す.オスの交尾器が卵の構造とよく似て,産卵の刺激をまねて精子を出させるというしくみについてはまだ充分には証明されていない.本研究で実証しようと考えているのは,ミナミカワトンボ科のオスの交尾器が,毛細管現象を利用した精子の掻き出しを行っているのではないかということであり,まだ誰も知らない新規の精子置換のしくみである.ミナミカワトンボ科は,ユーラシア南部から東南アジアにかけて分布する比較的大型のトンボ類であり,分類学的にもまだ多くの問題を含んでおり,その生態や行動についてはほとんど何も研究されていないに等しい.そこで,種の混乱による研究の失敗を起こさないように慎重に研究を進めており,昨年度から今年度にかけてこの問題を解決し,多くの標本に基づく網羅的なアロメトリー解析を行い,オスの交尾器は平均的なメスの生殖口の大きさに一致するような選択が作用していると考えられた成果は特筆すべき点である.今後,オスの交尾器の機能解明をめざす予定である.
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Strategy for Future Research Activity |
ミナミカワトンボ科の配偶行動についての過去の研究例はなく,また,予想以上に野外においてメスと遭遇する頻度が少ないことがわかってきた.しかし,これまでに得た標本からオスの交尾器の機能について本当に毛細管現象が認められるのかどうかを室内において詳細に実験する予定である.また,野外における交尾ペアの中断実験(交尾途中で分断させると,そのメスの受精嚢内に貯えられている精子の減少が起こるのかどうか)はまだ2例のみであるが,今後この例数を増やすように比較的長期にわたる野外観察実験を行う予定である.これらのデータがそろった時点で,オスの交尾器の構造と機能に関する論文を執筆し発表する.
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