2017 Fiscal Year Research-status Report
社会性アブラムシにおける環境要因と母性効果を介した階級分化と社会制御
Project/Area Number |
16K07504
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
柴尾 晴信 筑波大学, 生命環境系, 研究員 (90401207)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 社会性アブラムシ / 階級分化 / 母性効果 / 季節多型 |
Outline of Annual Research Achievements |
社会性昆虫の階級分化は、外部環境要因と巣仲間同士の社会的相互作用で誘導される「表現型多型」の例である。一般に幼虫の段階では分化全能性があり、階級の運命は後天的に決まるが、遺伝・環境要因によって先天的に決まる例も知られる。近年「母性効果(=環境情報の母子間伝達)」が注目されている。本研究は、社会性昆虫におけるコロニーの協調と制御の仕組みの理解をめざして、社会性アブラムシであるハクウンボクハナフシアブラムシをモデル系に、社会的相互作用・母性効果を介した階級分化の制御機構と個体間コミュニケーションの実態を解明することを目的としている。 本種は、不妊の兵隊階級のみならず、季節に応じて翅型、性、生殖様式の異なる多様なモルフを産生する。今年度は、本種の階級・モルフ分化に関与する環境要因を特定し、社会制御における母性効果の役割について検討した。野外におけるコロニーサイズや階級・モルフ比率の季節的変動を調べ、温度・日長の気象データと結びつけて解析した。その結果、兵隊は大きく成長したコロニーに高い割合で見られ、有翅産性虫は夏至以降に出現することがわかった。コロニーの兵隊や有翅産性虫の比率はいずれもアブラムシ密度・日長・温度と高い相関を示した。そこで人工飼料を用いて室内で3つの環境要因(密度・日長・温度)を独立に操作して、階級・モルフ分化におよぼす影響を観察した。その結果、階級・モルフ分化の制御には3つの環境要因が複合的に働いており、高密度・長日・涼温の条件下では兵隊が、高密度・短日・高温の条件下では有翅産性虫が排他的に分化誘導されることを見出した。有翅産性虫の分化には、親子2世代にわたる短日条件の経験が必要で、日長情報は母性効果で親から子に伝わることもわかった。季節的変動環境下における本種の母性効果を介したカースト制御機構とコロニーの適応度を上昇させる戦略について深い洞察を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、ハクウンボクハナフシアブラムシの兵隊階級と有翅産性虫の分化に関与する環境要因を特定することができ、また、階級・モルフ分化において日長情報が母性効果で親から子に伝わることを明らかにできた。これらの結果により、階級分化の制御には社会的情報 (密度) だけでなく、季節特異的な「母性効果」も重要であることがわかり、これまで解釈が困難であったアブラムシのカースト制御と季節的多型現象を統合的に説明可能となった。巣仲間同士の「社会的相互作用」と成虫から胚へ「母性効果」で伝わるコミュニケーション物質の存在確認と成分特定の道筋が見えてきたため、今後の研究が発展すると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
子の階級分化は母性効果によるものか? をさらなる飼育実験で検証する。親から子へ母性効果で伝わる環境シグナルとして、すでにわかっている密度や日長のほかに、温度も重要であると予想されることから、今後は親と子世代を異なる温度条件下で育て、母親の受けた温度情報が子の表現型に反映されるかを確認する。さらに、3つの環境シグナル(密度・日長・温度)を複合的に組み合わせた場合にも、そのような環境情報の母子間伝達がおこなわれていることを確認する。また今回、有翅産性虫の分化誘導が、兵隊階級への分化を制限するらしいという結果が得られたので、翅多型の制御に関与するエクダイソンや幼若ホルモンを対象に、アゴニスト (生体と同じ効果の薬剤)とアンタゴニスト (抑制効果の薬剤)を雌成虫に経口投与し、子の発生分化運命の変化を観察する。特定の環境条件の組合せを経験させた母親や各種ホルモンで処理した母親について、母体と胚の遺伝子発現スクリーニングをおこない、子の階級決定にはたらく母体由来の親子間コミュニケーション物質の探索を進めたい。さらに巣仲間同士の社会的相互作用については、階級分化調節フェロモンの候補物質を絞り込み、フェロモン候補物質の化学合成を行ない、合成物質に対するアブラムシ触角の嗅覚応答を測定する。階級特有の合成物質を塗布したガラスビーズと一緒にアブラムシ成虫を飼育し、母性効果を介した子の階級分化の調整が見られるかのバイオアッセイをおこなう。
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Causes of Carryover |
アブラムシの社会制御において母性効果が重要な役割を果たしていることを検証するのは、本研究において非常に重要である。しかしながら、この検証実験を遂行するために多くの時間と労力がかかってしまい、当初の計画よりも2ヶ月以上の遅れが生じた。そのために、巣仲間同士の社会的相互作用において重要である階級分化調節フェロモンの候補物質の探索や候補物質の化学合成、合成物質に対するアブラムシ触角の嗅覚応答測定などの実験の回数が減少したために、消耗品費の使用額が少なくなってしまい、わずかながら次年度使用額が生じた。 今回生じた次年度使用額は、アブラムシの体表成分の分析やフェロモン候補物質の化学合成、嗅覚応答の測定、兵隊分化のバイオアッセイ実験などに使用する。
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Research Products
(4 results)