2018 Fiscal Year Research-status Report
進行性大腸癌の転移を司る分子の同定:転移初期に一過的に働く分子に焦点を当てた探索
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16K10555
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Research Institution | Toho University |
Principal Investigator |
有田 通恒 東邦大学, 医学部, 助教 (80307719)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | EMAST / 低酸素 / p53変異分類 / DNAミスマッチ修復 / MSH3 / TrkB |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題を計画するに当たり、我々は、再発・転移腫瘍の解析では見いだせない「悪性化過程で働く分子」の同定を目指した。そこで着目したのは、進行性大腸癌で高頻度に認められるゲノム異常EMASTである。ゲノム異常は一般に不可逆的であるので、癌細胞がEMASTを示すということは、その癌細胞が過去にEMASTとなる環境に晒されたことを意味する。大腸癌ではこの環境が悪性化と密接に関係しているために、悪性度とEMASTが相関すると考えられる。つまり、細胞株をEMASTが誘導される環境に置けば、体内での大腸癌悪性化環境を模すことになる。この仮説に基づき、本研究では、我々が確立したEMAST誘導条件「p53機能欠損下での低酸素培養」を用いた悪性化因子探索を計画した。しかし、本計画遂行の要である「EMAST細胞の濃縮」が予定通りに進まず計画が遅延した。そこで、打開策として、濃縮前の細胞を対象にした遺伝子発現解析データを精査し、悪性化に繋がる分子の候補を検索した。 既存データを精査した結果、細胞膜貫通型受容体TrkBが候補分子として浮上した。大腸癌細胞株を用いた実験から、TrkBは低酸素下での細胞増殖に働くことを見いだした。TrkBは本来神経発生に重要な分子で、神経芽腫での悪性度指標としての意義が広く認められている。また、近年では他の固形腫瘍でも、転移などの悪性化における重要性が指摘されている。本研究での成果は、TrkBが大腸癌でも重要な悪性度指標であることを支持するだけでなく、低酸素下での悪性化に関わる分子として、化学療法の重要な標的分子になりうることを示した。これは、EMAST発生環境を基盤とした腫瘍の実験的悪性化モデルが、大腸癌悪性化機構の解明に有用であることを示す。同時に、EMAST発生効率のさらなる向上が達せられれば、大腸癌悪性化機構の解明の実現性が一層高まることも示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
計画当初の本研究課題の要は、「転移性EMAST癌細胞の濃縮」であった。我々がこれまでに確立したEMAST誘導条件「p53機能欠損下での低酸素培養」では、EMAST細胞が2~4%程度しか生じない。「EMASTを示す細胞が悪性化する」という仮説がいかに正しくても、「悪性な癌細胞」が極めて少数しか含まれない集団を対象とした探索では、悪性化因子の特定が困難と考えられる。EMAST発生環境での働きの変化が著しく大きな因子しか見いだせないからである。そこで、この効率上の瑕疵を補う手法として、ヌードマウスを用いた生着性や転移性の高い細胞の選別を計画した。 計画では、「ヌードマウスへのEMAST細胞の生着」の達成時期を遅くとも2年目と設定した。また、期待通りの生着効率が得られない場合も想定しており、その際は、より悪性度の高い細胞株への変更を計画していた。この対応計画にも関わらず、3年間の研究期間を終えても生着癌細胞の濃縮には至らなかった。この点で判断される進捗状況区分は「遅れている」である。しかし、「低効率なEMAST発生」のそもそもの原因究明に立ち返り検討した結果、基幹条件の1つである「p53機能欠損」に分類が必要である可能性が出てきた。ある変異を有する細胞株では低酸素でEMASTとなるが、別の変異ではEMASTとならなかったからである。 さらに、低効率なEMAST発生条件のままで過去に実施した遺伝子変異探索結果についても見直しを行った。その結果、低酸素下で発現が亢進し細胞増殖を維持する遺伝子TrkBの再発見に至った。この成果については、後述のように論文公表に向けて準備を進めている。 以上のように、当初の計画通りに進捗しなかったものの、遅延が契機となってEMAST効率上昇の打開案創出や、既存データの見直しと悪性化関連遺伝子の特定にも繋がった。従って、進捗状況区分を上記の通りとした。
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Strategy for Future Research Activity |
前項に記載した通り、本研究課題の進捗遅延はそもそもEMAST発生率が著しく低いことも一因であると考えられた。さらに、この瑕疵が、p53変異を「変異の結果失われる機能の違い」で分類することで改善できる見通しも得られた。これをもとに、我々はすでに新たな戦略で大腸癌悪性化機構の解明に取り組む研究計画「p53変異に着目したEMAST型進行大腸癌の悪性化モデルの構築」を立案した。これは2019年度科学研究費助成事業の基盤研究 (C)(一般)課題としてすでに採択されている。 また、既存データの見直しから特定に至ったTrkB遺伝子については、本遺伝子が低酸素でも発現が上昇し、かつ、その発現をある種の植物由来フラボノイドが転写レベルで抑制することを見いだしてる。これについては、すでに論文投稿の段階である。ただし、投稿準備が3年間の研究終了時に間に合わず、若干の追加実験が必要となったため、補助事業期間延長の申請をし、これもすでに承認を得ている。現在、二度目の英文校正中であり、その後速やかに投稿予定である。
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Causes of Carryover |
本事業の成果発表のための投稿論文の執筆が最終年度末となった。その過程で、記述内容を補強するための追加実験が必要となった。必要な実験を実施するにあたり、材料となる細胞の準備ならびに実験条件を決めるための予備検討を行わなければならない。これら準備に約2ヶ月、その後に行う本実験に約1ヶ月を要することが見込まれたため、本補助事業期間の延長を申請し承認を得た。 生じた次年度使用予定額(341,206円)は、培地などの細胞培養用試薬と測定のための分子生物学用試薬、ならびに投稿論文の英文校正費用への使用を計画している。
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