2016 Fiscal Year Research-status Report
軌道アンサンブルの解析による親水性タンパク質-タンパク質間会合の駆動力の解明
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16K12520
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
櫻井 実 東京工業大学, バイオ研究基盤支援総合センター, 教授 (50162342)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | タンパク質-タンパク質相互作用 / 水和自由エネルギー / 水和エンタルピー / 水和エントロピー / 熱揺らぎ |
Outline of Annual Research Achievements |
生体中で大半を占めるタンパク質間相互作用の多くは、疎水面よりむしろ親水性界面の相互作用を介した会合である。一般に、タンパク質-タンパク質相互作用はencounter complex形成までの過程とその後の安定会合体形成までの段階に分けられる。本研究では、それぞれの段階でどのような力が駆動力なっているのかを解明することを目的としている。前者では、遠達力の起源が2体間の直接相互作用かそれとも水を起源とする引力かが興味の焦点である。後者では、会合の駆動力と会合に伴う脱水和のペナルティがどうして小さいのかという点に焦点を当てた。本研究では、会合定数の大きく異なる3つのタンパク質複合体(MJ0796 dimer、Barnase-Barstar、UBA-Ubiquitin、MalK2)を対象とし、複合体形成の物理化学的メカニズムを詳細に解析した。 上の3つの系に対して、2つのタンパク質をrigid bodyとみなして会合過程をシミュレートする場合と、free MDやTargeted MDシミュレーションによりタンパク質分子の熱揺らぎを考慮しながら会合体形成過程を行う場合について、MM/3D-RISM法を用いて会合体形成過程の溶媒和熱力学量(水和自由エネルギー、水和エンタルピー、水和エントロピー)を評価した。 上の3つのタンパク質複合体系いずれにおいても、熱揺らぎを考慮しない系とTargeted MDによる系の比較から、熱揺らぎを考慮しないと不自然に大きな障壁(~100 kcal/mol)が生じるが、熱揺らぎを考慮すると消失することが判明した。さらに、複合体形成の駆動力の重心間距離依存性を調べたところ、遠距離(接触が始まる前)では内部エネルギーが、近距離(接触が始まってから)では水和エントロピーが駆動力であることがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度では、われわれの従来研究で発展させてきた解析法を用いて、なるべく多くのタンパク質-タンパク質相互作用系について、脱水和ペナルティや駆動力の評価を行い、従来仮説を検証することを目標としていた。そこで、induced-fit効果が小さいことが報告されているタンパク質複合体から、会合定数の大きな系(Barnase-Barstar)、中間程度の系(MJ0796 dimer)、小さい系(UBA-Ubiquitin)を選択し、会合過程の自由エネルギー等を評価した。扱った系の数は少ないが、ある程度一般性のある結果は得られたと思われる。 その結果、熱揺らぎが脱水和による会合の障壁を低下させる主要因であるという従来研究の仮説に対しては、3つの系ともそれを支持する結果が得られた。 複合体形成過程の駆動力に関しては、encounter complexから安定複合体が形成される過程においては、従来仮説どおり水和エントロピーが駆動力であるという結果が得られた。しかしながら、encounter complexが形成されるまでの遠達力に関しては2体間の内部エネルギー(主に静電的エネルギー)が主であるという結果が得られ、従来研究の結果とは一致しなかっった。 以上より、一部を除き概ね従来仮説が検証されたことから順調に進展したと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
われわれの従来研究ではタンパク質-タンパク質会合体形成の遠達力として水和エンタルピーが重要であるという結論を得ていた。静電力は、水和エンタルピーとはほぼミラーイメージの挙動を示し、むしろ斥力として効いていた。これらの結果は、上で述べた本年度の結果と異なるがその原因として次のことが考えられる。 従来研究では、CFTRというABCトランスポーターのMDシミュレーションで観測されたnucleotide binding domain(NBD)の2量体化の駆動力を解明するため、full transporterのシミュレーション結果からNBD部分のトラジェクトリーデータを取り出して、それらに対し自由エネルギー解析をしていた。一方、本年度で行ったタンパク質-タンパク質会合体系性過程は、水中での自由拡散を前提としていた。そのため、2体間相互作用が優先的に有利になるような会合が起こったという推論が成り立つ。逆に言うと、一つのタンパク質内のドメイン間相互作用では、それらドメインの運動はタンパク質全体の立体構造により拘束されているため、必ずしもドメイン間直接相互作用が有利になる軌道は取らないと考えられる。そのようなとき、水和が駆動力として効いてくるという仮説が成り立つ。 今後はこの仮説を検証する方向で研究を推進するべきと考える。
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Causes of Carryover |
平成28年度は、前述した3つのタンパク質-タンパク質系のコンピューターシミュレーションを行い、そのための計算機使用料に約45万円を費やした。これらの結果を解析した結果、前述したとおり、概ね従来仮説を検証することができたが、一部従来仮説と異なる結果が得られ慎重に研究を進める必要が生じた。計算データを詳細に分析し新しい仮説を立てるまで数ヶ月を要し、平成28年度中に新しいシミュレーションを実行して結果を出す十分な時間的余裕がなくなった。新しい仮説に基づくシミュレーションはすべて平成29年度に実行することとし、その分の計算機使用料を次年度に繰り越すこととした。 このような状況の下で、平成28年度では学会発表等も控えることとし、出張旅費も次年度に繰り越すこととした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究費は、前述した新しい仮説を検証するためのコンピュータシミュレーションの計算機使用料(本学のスーパーコンピューターTSUBAME使用料)と研究成果発表のための学会出張旅費に使用する。 具体的には、マルトーストランスポータのMDシミュレーションをNBDにATPが結合した系に対して実行する。その結果より、2つのNBD部分が2量体化する過程のトラジェクトリーを抽出し、これを用いて、水和熱力学量や内部エネルギーの計算を行い、新仮説の検証を行う。 旅費は、第55回日本生物物理学会(平成29年9月19日~21日、熊本大学)への学会出張に使用する予定である。
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