2016 Fiscal Year Research-status Report
黄色ブドウ球菌感染症の超早期発見・超早期治療を実現する新規診療法の基盤構築
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16K12912
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
濱田 浩幸 九州大学, 農学研究院, 助教 (80346840)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 黄色ブドウ球菌 / 感染症 / 予兆 / 兆候 / 状態遷移 / クオラムセンシング / 確率的数理解析 / 病原性発現制御 |
Outline of Annual Research Achievements |
致死的感染症の起因菌として黄色ブドウ球菌が特定されている。黄色ブドウ球菌は自らが分泌する細菌間シグナル伝達物質(AIP)の細胞外濃度の上昇に伴い病原性を発現する。そのAIP産生能はpositive feedback機構を実装するAGR systemにより調節される。故に、治療着手の遅れは感染症の難治化を招く。また、黄色ブドウ球菌の感染症治療では、薬剤耐性菌出現の観点から抗生物質の多用が禁忌とされ、これもまた、難治化および感染拡大の要因となる。このような背景の下、世界中の医療機関において、1)黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆の逸早い捕捉、2)短期かつ低投与量の抗生物質治療による感染症の沈静化、の双方を実現する超早期発見・超早期治療の新しい診療システムの開発が求められている。本研究では、合成システム生物学的アプローチを用いて、これら2点の解決を目指す。 平成28年度は、主に、数理解析法を用いて上記2点の課題に取り組んだ。まず、AGR systemの反応スキームに基づき数理モデルを構築した。そして、状態遷移中のシステム動態の理解に不可欠な確率性を考慮して数値シミュレーションを実践した。細胞増殖過程における黄色ブドウ球菌の病原性発現の確率的数理解析は、細胞増殖と病原性発現の関係の実験値を良好に再現し、病原性発現開始数時間前の細菌内化学種濃度に特徴的な振舞いを示した。システム生物学の観点から、この振舞いは黄色ブドウ球菌の病原性発現状態の『予兆』と考えられた。次に、数理モデルに含まれる生化学反応の速度定数の感度解析を実践し、生化学反応速度の変化が予兆の発生におよぼす影響を網羅的に探り、細菌内外に数点の『予兆発生を遅滞させる生化学反応』を特定した。数理解析により特定されたこれらの知見を次年度の実証実験の標的候補とした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
【数理解析】 Gustafsonの知見およびJabbariの知見に基づいて、黄色ブドウ球菌の病原性発現システム(AGR system)の反応スキームを構築し、一般質量作用則に従う常微分方程式系の数理モデルを構築した。また、ロジスティック方程式を用いて、細胞増殖過程を表現した。さらに、状態遷移中のシステム動態の理解に不可欠な確率性を考慮するため、Gillespie algorithmを用いて確率的数理解析を実践した。そして、黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆とその予兆の発生を遅滞させる生化学反応を特定した。当初、数百細菌から構成されるシステムを対象にした数理解析を計画したが、黄色ブドウ球菌の病原性発現に集団化効果の影響が強く観られたため、数理解析の規模を拡張した。これに伴い、数理解析に要する時間(コンピュータの計算時間)が増大し、研究進捗速度が低下した。 【Reporter systemの構築】 黄色ブドウ球菌の病原性発現過程の動態を評価するために、数理解析で特定した予兆に関係するAGR systemの病原性遺伝子発現系の転写産物を蛍光タンパク質(yemGFP)に組換えたReporter system(大腸菌)の構築を進めている。ここで、蛍光値の変動を明瞭にするため、yemGFPに高速分解タグを付与し、また、AGR systemの遺伝子発現系をHigh copy plasmidに実装することで、病原性遺伝子発現レベルの観測精度を高めている。
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Strategy for Future Research Activity |
【Reporter systemの構築と検証】 黄色ブドウ球菌病原性発現のReporter system(大腸菌)を完成させる。そして、日本薬局方・微生物限度試験法に従い、黄色ブドウ球菌を最長48時間培養し、1時間間隔の培養廃液を収集する。構築したReporter systemをこれらの廃液で培養し、蛍光タンパク質(yemGFP)の蛍光強度の経時変化を測定する。そして、培養時間とyemGFPの蛍光値の関係を精査し、Reporter systemの観測精度を検証する。 【黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆の観測】 マイクロ流体リアクター内で、日本薬局方・微生物限度試験法に従い、黄色ブドウ球菌とReporter systemを共培養し、共焦点顕微鏡を用いてyemGFP蛍光強度の経時変化を追跡する。yemGFP発現レベル上昇開始時のyemGFPの蛍光強度を解析し、黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆を捉える。 【創薬標的の探索】 平成28年度に特定した『予兆の発生を遅滞させる生化学反応』に変異を与えた黄色ブドウ球菌を構築し、変異株の病原性発現動態を解析する。実験方法は、変異株とReporter systemを共培養し、1細菌のyemGFP蛍光強度の経時変化を追跡する。変異株のyemGFPの蛍光強度の上昇が鈍化し、病原性発現が遅滞すれば、変異点が創薬標的であると考えられる。 【まとめ】 「黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆」、「不顕性状態下における黄色ブドウ球菌感染症の創薬標的の特定」などの研究成果を生物物理学、システム生物学、合成生物学、および人工臓器学などの観点から総括し、国内外に公表する。
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Causes of Carryover |
黄色ブドウ球菌病原性発現の『予兆』および『予兆発生を遅滞させる生化学反応』を特定する数理解析の規模を拡張したため、数理解析に要する時間(コンピュータの計算時間)が増大し、研究進捗速度が低下した。この数理解析で得た知見を基に、実証実験に着手した。その結果、平成28年度の実証実験計画を完了できなかった。この実験の物品費が未使用となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成29年度の早々に、平成28年度に実施予定であった実証実験を完了する。そして、引き続き、平成29年度計画予定の実証実験も実施および完了する。平成28年度の研究計画の遅れは、平成29年度の研究計画に大きく影響しない。これらの実証実験に、平成28年度の未使用金と平成29年度の研究経費を充てる。
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