2017 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K13160
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
田中 純 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (10251331)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | アビ・ヴァールブルク / 歴史経験 / 身体性 / ムネモシュネ・アトラス / イメージ / 多感覚性 / 共感覚性 / 像行為 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究代表者は今年度、アビ・ヴァールブルクの歴史経験に関して、彼の晩年のプロジェクトである『ムネモシュネ・アトラス』についての研究成果をまとめ、東京大学出版会から単著『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』を刊行した。 この書物ではまず、『ムネモシュネ・アトラス』最終ヴァージョンの全体構造を巨視的に把握することを試み、それをダイアグラムによって可視化した。さらに、ヴァールブルクが書き残した「序論」草稿の成り立ちの経緯に即した内容の再構成を行ない、彼の意図を鮮明にする解説を提示した。研究代表者は2012年に『ムネモシュネ・アトラス』を再現した展覧会を実施しており、同書ではこの展覧会の企画意図と構成を記録し、その空間こそが発見させた『ムネモシュネ・アトラス』の潜勢力を論じている。また、二枚のパネルの詳細な解読を例示したうえで、「ニンフ」と「アトラス」という関連し合う二つのテーマをめぐるあらたなパネルの構成を通じ、『ムネモシュネ・アトラス』の一種の拡張を行なった。同書でのジョルジュ・ディディ=ユベルマンのヴァールブルク論に関する批判的解題では、とくにヴァールブルクのイメージ論におけるゴヤの隠された重要性が発見されている。結論ではヴァールブルクにおける歴史経験の身体性について、過去からの「記憶の波動」を感知する「地震計」という自己規定を中心として分析し、その多感覚・共感覚性に着目することにより、歴史経験一般の身体的・感覚的基盤をめぐる考察へと発展させている。 以上の成果をもとに、今年度はC・セヴェーリがヴァールブルク研究も踏まえて「キマイラの原理」と呼ぶ記憶術的思考を、H・ブレーデカンプの提唱する像行為(Bildakt)論やB・ラトゥールのアクターネットワーク理論と結びつけ、歴史経験論に接続する展望を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度はヴァールブルクの歴史経験を『ムネモシュネ・アトラス』というもっとも重要なプロジェクトに絞って詳細に分析した成果を単著『歴史の地震計』にまとめ、その過程で歴史経験の身体性に関わる考察を、ヴァールブルクという恰好の研究対象を手がかりとして、格段に深めることができた。そこで発見された歴史経験の多感覚・共感覚性は、C・セヴェーリの言う「キマイラの原理」としての記憶術的な思考とも関わる、身体の受苦・パトス・情動と深く結びついている。この点はまた、H・ブレーデカンプの像行為論やB・ラトゥールのアクターネットワーク理論を援用することにより、歴史経験における身体性をめぐるいっそう原理的・包括的な分析にまで発展させることが可能であろう。人類学的な基盤に立ったこうした研究を通し、非言語的な歴史表象を通じて歴史経験を喚起する表現技法についても分析をいっそう精緻化することができよう。以上のように、本研究はかなりの程度前倒しで進行しているばかりではなく、強力な理論的参照対象をあらたに得て、当初計画よりもはるかに進展しつつあると言ってよい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はまず、既刊の単著『過去に触れる──歴史経験・写真・サスペンス』で比較研究を行なったヴァールブルク、J・ホイジンガ、W・ベンヤミン、橋川文三、堀田善衞、W・G・ゼーバルトらの歴史経験をめぐり、『歴史の地震計』におけるヴァールブルク研究を踏まえた身体論的な考察をさらに加えることにより、これらに共通する身体性についての分析を深化させる。その際には、記憶の人類学や像行為論、アクターネットワーク論のほか、中井久夫の徴候的知をめぐる議論や「メタ世界」論、H・U・グンブレヒトの「潜在性(Latenz)」についての考察、H・ホワイトによる歴史叙述論といった理論を綜合した身体論的歴史経験論の構築を目指す。そのうえで今年度は、映画や写真、アニメーションによる歴史表象をめぐり、具体的な作品分析に即して、歴史経験を媒介する表象技法について考察し、その成果を歴史経験の構造論やその身体的メカニズムの分析にフィードバックすることにより、本研究全体を綜合する。具体的には、1.テオ・アンゲロプロスのワンシーン・ワンショットを映画における歴史表象の技法と見なし、それが駆使している歴史経験喚起のメカニズムを明らかにする、2.東松照明や牛腸茂雄など、一定の明確な意図をもって或る時期からカラー写真を作品化するようになった写真家の作風の変化に注目し、それを歴史表象の技法の変化として読み解く。さらに、その解釈を「歴史経験における色彩論」にフィードバックする、3.宮崎駿による堀田善衞『方丈記私記』アニメーション化の構想を宮崎の『風立ちぬ』のほか、片渕須直監督『この世界の片隅に』と比較検討することを通じ、アニメーションにおける歴史経験の表象技法について考察する、という3点をサブ・テーマとする。
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Causes of Carryover |
ロンドンのWarburg Archiveほかにおける資料調査を予定していたが、本務先(東京大学)における副学長としての職務が予想を超えて多忙だったことを主たる理由として、今年度中の渡航を断念せざるをえなかった。このため旅費として予定していた経費および渡航先での購入が見込まれた資料費などを次年度に繰り越すことが必要となった。次年度については、この繰越額を当初の計画通り資料調査用の経費(おもに旅費)に充てる予定である。
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