2017 Fiscal Year Research-status Report
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16K13162
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
長木 誠司 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (50292842)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 楽譜 / 出版譜 / 音楽 |
Outline of Annual Research Achievements |
これまでまったく扱われてこなかった、日本の楽譜制作という部分に焦点を当てて、ヨーロッパの楽譜制作との関係を視野に入れつつ、音楽史的・技術史的・美学史的といった異なった歴史的な視点から、多角的にこの分野を解明しようとする点が本研究の主眼である。1980年代以降、音楽学はより広い領域に関心を示し始め、音楽を生成する社会や制度、権力といったことへと視点を広げて、芸術という枠を超えた音楽活動やその周縁、そしてサウンド研究といったものに関心を向けてきた。しかしながら、従来の作品研究の際に楽譜中心的な研究方法を採っていたため、逆に楽譜そのものから距離を置くという結果も招いてしまった。それゆえ、「音楽」という制度を考える上で、大きな役割を果たしてきたであろう楽譜制作そのものは、研究のトピックとしては死角となった感がある。 本研究は、かつてのような作品研究一辺倒への反省という下地を持ちつつも、それへの反撥として生じた1980年代以降の音楽学の方向を、あえて作品を成り立たせる楽譜に立ち戻って行うという意味で、音楽学の第3の方向を示唆する研究と見なしうる。 日本の楽譜出版の歴史を最初期から追うために、明治以来の出版譜を可能な限り収集し、それを時代、出版社、そして肝心の楽譜制作スタイルによって区分する作業を行うことが、作業の中心をなすが、けっして少なくはない出版譜であるものの、音楽のジャンルやスタイルによる異同があり、収集作業とは別個に、3年間の研究期間内で時代を区切って比較検討することが必要となる。明治中期から後半についての検討であった第1年度に引きつづき、第2年度は大正期を射程にした。方法論としては、前年度と同様、音符の形状や線の弾き方等々、印刷書式における異同の比較検討から、いくつかの系列を抽出し、時系列上にならべていくつかの歴史的傾向を読み解くという作業を中心にした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
大正期における楽譜出版と制作の実情を対象にした第2年度は、この時期に制作された楽譜を、第1年度に準じる形で収集し、分析した。この時期は、日本の洋楽が非常に盛んになってくる時期であり、楽譜出版も格段に多くなり、需要に応じて曲種も増え、また同曲の異なる楽譜も増えているため、国内で制作された同作品同士の比較も可能となっている。音楽出版社等々の違いによる制作技術の違いは、思いの外出てこなかったが、それは基本的に技術者集団が同一であった可能性を示唆している。 また、この時期現れ始めたオーケストラ総譜を楽譜制作行程の視点から読み直し、初期のオーケストラ総譜がどのような努力の果てに制作されたかを検討した。 セノオ楽譜に代表されるように、制作におけるある程度の技術的進捗がなければ生じ得なかったものも、楽譜制作技術の面から見直す作業を行った。新たな研究視点として提示できるのではないかと思う。 1980年代以降の、新しい楽譜制作技術が、どのようなノウハウを従来の制作工程や制作美学から継承しているのかということを、楽譜制作用のタイプライターや初期の楽譜制作PCソフトの検証から探ってみた。タイプライターが主流にならなかった要因、そしてPC時代を迎えて機械製作が主流となる背景には、初期の機械に導入できなかった微妙な楽譜制作上のパラメータの存在がある。その歴史と実態を、音楽における機械の歴史と並行して考察することによって、それらが西洋音楽の背景となる作品パラダイムや音楽制作のパラダイムとどのように連関しているのかを、いくつかの視点から検証してみた。 海外出張では、主としてベルリンのアルヒーフで、近代初期の出版譜を収集し、版下の特長や譜割の変化など、多角的に検討するための資料を探った。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度にあたる30年度は、これまでの方法を継承して、昭和中期までの楽譜資料収集と分析になるが、この時期はオーケストラ・スコアなど、複雑な楽譜の制作も広がっている。圧倒的に技術レヴェルがあがった証左であるが、多くはないながらも立派な楽譜の制作は、委嘱者、出版社等々の資料をひとつひとつの作品について丹念に追う必要がある。なかでも、紀元2600年奉祝の美しい総譜の制作は、東京藝術大学に残された手稿譜とそれを出版譜へと起こす際の資料を丹念に当たる。 また、近年のPC使用の楽譜制作に関しては、前年度に引きつづき、さらなる検討がなされるべきであると考えている。例えば、実際のプロフェッショナルな制作現場においては、フィナーレなどの使用に際して、いくつかのパラメータを変える操作がなされている。これはPC主体の制作が行われる以前のノウハウを継承する試みとして興味深いので、いっそう詳しく調べてみる必要性を感じている。 29年度に本人の高齢化のために実現されず、積み残してしまった、版下職人からの聞きとりを、できれば30年度に可能にしたいと思っている。 また、実際にはなかなかアプローチの難しかった海外出版社の資料も最終年度には検討したいと思っている。この辺りの難しさが、科研のこの領域の難しさでもあろうと実感している。 最終年度は、途中経過を含めて成果を国内学会で発表し、ことに「見やすい」楽譜、「美しい」楽譜制作を支える美学について、広くディスカッションの場で検討して意見交換し、内外の研究者たちと視点の共有を図りながら、以後の研究につなげたい。
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Research Products
(5 results)