2017 Fiscal Year Research-status Report
近代日本画修理における絵具層の鱗片状の浮き上がり接着方法と修理理念について
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16K13179
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
梁取 文吾 東京藝術大学, 学内共同利用施設等, 助手 (60761385)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 修理 / 日本画 / 浮き上がり |
Outline of Annual Research Achievements |
2年間の調査の結果を通して、当初の計画通り本研究で実際の日本画作品一点を修理しても厚塗り日本画の鱗片状の浮き上がりを包括的に解決できることにはならないと感じた。これまでのように鱗片状の浮き上がり一つ一つに膠水を差していく方法では莫大な時間と労力を必要となり、しかも修理者の技術力に頼るところが大きい。国宝や重要文化財の修理のように修理期間と予算があり高度な技術者によって行われる修理はとても貴重である。しかし全国にはそのような高度な修理が受けられる作品は決して多くはないのが現状である。もう一つの問題は鱗片状の浮き上がりが起こるたびに、その部分に膠水を入れて固着させてもその隣の箇所はひび割れてくる可能性があり、結局応急処置的な修理になってしまうということである。そこで予防修理という発想がでてきた。絵具層の鱗片状の浮きや亀裂は本紙と絵具層の間にあった膠分が変質して接着力を失い、絵具層と本紙とが剥がれることで起こる。ひび割れが起き始めている絵に対して全面に膠水を注入できれば、作業効率も良く今後の亀裂の予防にもなりうると考えた。しかし絵具層の上から膠水を注入しようとしても、表面に膠水が溜まってしまい絵具層と本紙の間までは浸透し辛く新たなひび割れを促進してしまう可能性がある。当初は裏面からの処置が得策と考えたが絵画層保護の面から安全性に欠けるように思えた。そこで考えたのがサクションテーブルでの減圧による膠水の吸引である。サクションテーブルは絵画の洗浄などでよく使われる多孔形状の金属板で、減圧機とつなげることで板上の穴から空気や水分を吸引していく装置である。これを使用し絵画表面に塗布した膠水を絵具層の下まで吸引できたら、抜本的なひび割れの解消とつながるのではないかと仮説を立てた。そのことから小型のサクションテーブルを準備してサンプル実験を行うこととした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度に引き続き、美術館や修理工房の視察・調査をした。また修理の専門家への聞き取り調査をして、日本画修理に関する現状を調査した。調査では、同じような技法で描かれた日本画でも亀裂が有るものと無いものがあること、比較的最近の作品でも亀裂や浮き上がりが起こっているものがあること、作品一つ一つに修理計画が立てられ、その作品に合わせた方法で修理が行われていることなどがわかった。また美術館の収蔵庫や修理工房では高水準な保存環境が保たれているが、個人所有の作品などは管理方法などの基準がない、損傷していても修理に出せないなどの理由で貴重な作品の保存維持が難しいということも感じられた。引き続き調査を続行していきたい。 また、2年間の調査を踏まえて、より予防的で包括的な修理技術を開発することが多くの貴重な作品を保存することにつながると考えられた。またそれは現在行われている国宝・重要文化財修理のような高度な修理技術と共存しながら並行して研究されていくべきだと感じた。そこで浮き上がりや亀裂の予防修理としての技術開発を行う考えに至った。実験用に小型のサクションテーブルを設計した。それを減圧機に取り付け絵具層の表面に塗布した膠水を絵具層と本紙の間に吸引して固着させる実験を行っている。実験では人為的に膠を変質させ亀裂や浮き上がりを起こしたサンプルを用いる。 当初の研究計画では修理物件を購入して実際に修理する予定だったが、一つの作品での修理結果がその他の多くの修理物件へと利用できるかはわからないこと、そしてあくまで新技術の開発が実験段階であることから安全面を考慮して作品購入は中止した。その分を新技術開発の実験費用に充当してよりデータを多く残したいと考えている。その点は大きく方向転換したが、進捗としては方向性が定まった分おおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度に引き続き、美術館や修理工房の視察・調査をする。そこで修理の専門家への聞き取りをして日本画修理に関する現状を調べる。本研究の開始から3年目になるので、この数年での修理技術の進展、変遷に関しても調査していきたい。 また研究を進める中で新たにテーマとなってきた予防修理に関して、近い将来亀裂を起こす可能性がある作品の特徴などがあれば、それについてもデータを収集したいと考える。 一方、鱗片状の浮き上がり修理の新しい技術開発において、現在のサクションテーブルを用いた修理実験を続ける予定である。実験では、新規の雲肌麻紙に日本画の絵具を塗布し、人為的に亀裂や浮き上がりをおこして、それがこの修理技術で固着できるか、またどの程度の危険性があるのかなどデータを集めていく。また前提として厚塗り日本画の亀裂が起こる仕組みについても、研究を深めていきたいと考える。 実験については画像・動画での記録をして、発表の機会をつくる予定である。
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Causes of Carryover |
当初予定していた修理物件購入を研究の方向性を修正した結果中止したため、計上していた予算を繰り越すことになった。繰り越した予算は引き続きサンプル実験をするための材料購入や人件費、現地調査での旅費や専門家への謝金、研究発表に向けての経費にあてる計画である。
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