2016 Fiscal Year Research-status Report
近現代ユーラシアにおける遊牧社会の変容にみる新生活原理の構築
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16K13279
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
江川 ひかり 明治大学, 文学部, 専任教授 (70319490)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 遊牧民 / ユーラシア遊牧社会 / オスマン帝国 / モンゴル / キルギス / 定住化 / 土地法 / オーラルヒストリー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、トルコ・キルギス・モンゴルにおける遊牧社会の変容過程と社会・経済活動の現状および課題とを歴史学・人類学的視角から明らかにし、彼らが直面する課題解決のための諸方策を提示することを目的とする。 2016年度は第一に、連携研究者松原正毅氏による公開講演会「遊牧研究と地域研究」を11月18日明治大学駿河台キャンパスで開催し、人類史上における遊牧民が果たした役割とユーラシア遊牧社会研究の今日的意義をアピールした(参加者54名)。第二に、研究代表者江川ひかりが19世紀オスマン帝国において発布された土地法令の整理を、連携研究者冨田敬大(立命館大学)がモンゴルの社会主義期(1921~1991)における土地法令の収集・整理をおこなった。第三に、二回の公開研究会を実施した。第一回は2016年6月25日明治大学において、松宮邑子(明治大学大学院)「ウランバートルにおけるゲル地区の変容:民主化後の動向に着目して」および冨田敬大「遊牧民とミルク、社会主義モンゴルにおける変容:乳・乳製品の域内消費と域外販売の関係に着目して」の二報告(参加者12名)が、第二回は、2017年1月24日明治大学において、暁剛(明治大学)「近現代東部内モンゴルにおける土地利用方式の転換-遊牧による牧畜業から半農半牧畜業に至る過程-」の報告(参加者14名)がなされ、近現代モンゴル・中国内モンゴルにおける遊牧社会の変容に関する議論および理解を深めた。 10月には、トルコ共和国トラブゾン市黒海工科大学で開催された「第22回オスマン朝以前・オスマン朝研究国際会議(CIEPO-22)」で、本科研のパネルNomads: Masters of Natural Life and Productionを組織し、江川と海外共同研究者イルハン・シャーヒンおよび研究協力者奥美穂子(明治大学)の三名が研究成果を発信した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
国内においては、松原正毅氏の講演会も含めて合計3回の研究会を実施し、国外においてはトルコ共和国で開催されたCIEPO-22で本研究のパネルNomads: Masters of Natural Life and Productionを組織することによって、研究成果を国内外に広くアピールすることができた。CIEPO-22のパネルで、イルハン・シャーヒンは、今日のキルギスに見られる人生の通過儀礼時に親族間で家畜を贈答する慣行が、人間の親族呼称の起源となっていることを明らかにした。江川は、19世紀のオスマン帝国地方社会においてアバと呼ばれる毛織物製造を遊牧民グループがその根底で支えていたことを指摘し、史料に記録されることが少ない遊牧民の役割を可視化する重要性を強調した。奥美穂子は、1582年にイスタンブルで開催された「王の祝祭」において、すでに生業としての遊牧をせず、定住していた王族たちも、「非日常」的祝祭空間においては、遊牧時代に生活していたテントを張り、そこで飲食していたことを文字・図像史料で明示し、遊牧生活文化が色濃く残存していたことを示した。 同時に、近現代ユーラシアにおける遊牧民の定住化に密接に関わる土地所有・利用関連法令の収集を継続しておこなった。以上、述べてきた本研究課題の取り組みは、当初の計画どおりに進展している。 ただし、8月末に予定していたトルコ共和国ドゥズジェ県「雪ノ平夏営地」およびアンタルヤ県におけるチョシル遊牧民の夏営地における現地調査は、同国で7月15日に軍事クーデタ未遂事件が発生し、日本の外務省による渡航自粛勧告が発令されたため、渡航を断念せざるを得ず、実施できなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2016年度に開催した講演会において、松原正毅氏が強調されたことは、家畜化とは定住化の結果として生じるものであって、遊牧とは動物を家畜化することとは異なる生業・生活形態であり、遊牧は農耕より早く成立したということである。そして未来を考える上で遊牧社会に学ぶキーポイントとして以下の3点を指摘した。第一は社会編成の柔軟性、第二は土地所有観念の不在、第三は移動性に基づく社会変容の原動力である。これらの中で、本研究にもっとも重要な課題は、第二の土地所有の問題である。 このことを踏まえて、本研究の主要テーマの一つである、三地域の近現代史において施行された土地関連諸法令史料の収集と検証作業を継続していく。とくに2017年度は、キルギスにおける法令史料の収集を進める予定である。加えて、遊牧社会の現状を観察するため、2017年度は、冨田が現地調査を実施してきたモンゴル国ボルガン県における夏営地に、江川・シャーヒンも訪問し、夏営地の利用状況を観察する。さらに、昨年実施を断念せざるを得なかったトルコ共和国における「雪ノ平夏営地」の調査も実施する予定である。 以上の作業を経て、三地域の近現代史における土地法令の変遷と遊牧社会の変容とを比較・検討し、最終年度における本研究の取りまとめ作業へつなげていく所存である。
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Causes of Carryover |
上述のとおり、2016年7月15日、トルコ共和国で軍事クーデタ未遂事件が発生し、日本の外務省による渡航自粛勧告が発令されたため、8月末に予定していたトルコ共和国ドゥズジェ県「雪ノ平夏営地」およびアンタルヤ県におけるチョシル遊牧民の夏営地に関する現地調査が実施できなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2016年9月に入り、渡航自粛勧告が解除されたため、10月の国際会議には参加することができた。その後も昨年8月段階と同様の渡航自粛勧告は発令されていないため、昨年、実現できなかったトルコ共和国ドゥズジェ県「雪ノ平夏営地」における現地調査を、2017年8月のモンゴルにおける現地調査の後に、江川およびシャーヒンがおこなう予定である。
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