2016 Fiscal Year Research-status Report
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16K13625
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
倉田 博基 京都大学, 化学研究所, 教授 (50186491)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 電子エネルギー損失分光法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、200 keVの高速電子による透過型電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いて有機材料の状態分析を可能にするために、有機結晶の電子線損傷を低減する新たな計測法を開発すると共に、高エネルギー分解能のEELSスペクトルにより、有機結晶の電子構造を解析することを目的としている。 本年度の実績としては、EELS法と走査型透過電子顕微鏡(STEM)を組み合わせ、試料上での入射電子プローブの2次元走査を数ナノメートル間隔で行い、1万点の走査点からスペクトルを計測・積算するアンダーサンプリング法を新たに考案し、それを実施することにより、数100 nm四方の微小な単結晶領域から電子線損傷を低減したスペクトルを計測することに成功した。 実験は銅フタロシアニン系の有機結晶薄膜試料に対し実施し、可視・紫外光領域の価電子励起スペクトルと、軟X線領域である炭素K殻電子励起スペクトルの吸収端微細構造の測定を高いエネルギー分解能で行うことにより、分子の塩素置換に伴う電子構造変化を捉えることができた。さらに、エネルギー分析器の分散を大きくし、CCDカメラ検出器面上でのスペクトル分散を4 meV/chに拡大する光学系を設定することにより、高エネルギー分解能(30 meV)で近赤外領域のスペクトルを計測した。その結果、銅フタロシアニン結晶薄膜からC-H伸縮振動による吸収ピークを検出することができた。 以上の成果は、有機結晶薄膜に対して、近赤外領域から軟X線領域の広いエネルギー範囲のスペクトル計測が高速電子のEELSで可能であることを示した点に意義がある。非弾性散乱の非局在性を利用した電子線損傷の低減法は、低損失エネルギー領域で効果があることも見出され、次年度実施予定のアルーフ散乱計測法の可能性に繋がった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では、EELS法を走査型透過電子顕微鏡に組み合わせて、有機結晶のEELSスペクトルを低電子線損傷で測定する方法の一つとして、アンダーサンプリング法を提案した。銅フタロシアニン系の有機結晶薄膜試料を測定対象とし、スペクトル計測の際の試料に照射する全電子線量が、それぞれの分子の臨界電子線量以下になるように、入射電子プローブ電流、プローブサイズ、走査領域、サンプリング間隔、露光時間などの測定条件を詳細に検討した。その結果、近赤外領域から軟X線領域に渡る広いエネルギー範囲のEELSスペクトルを得ることができ、有機分子のスペクトルの計測において、アンダーサンプリング法が有効であることを示すことができた。 測定された可視・紫外光領域のEELSスペクトルについては、クラマース・クローニッヒ変換することで光吸収係数スペクトルを導出し、バルクな光学測定結果と比較し、電子線照射損傷の影響について検討した。その結果、臨界電子線量に近い照射量においても光学測定と良い一致を得たことから、アンダーサンプリング法によるEELS計測は電子線損傷の影響を抑える手法として有効であることが示せた。一方、軟X線領域の高エネルギー帯にある炭素K殻電子励起スペクトルにおいては、分子の塩素置換の効果が微細構造の変化として直接観察することができた。これは、塩素置換した炭素原子の内殻準位のシフトによるもので、0.7 eVのピーク分離が明瞭に検出された。しかし、このエネルギー領域におけるスペクトルには、低損失エネルギー領域ほどアンダーサンプリング法の効果はないことも明らかになった。これは、非弾性散乱の非局在性が損失エネルギーに依存しており、高損失エネルギーほど非弾性散乱は局在化しているため、サブナノ電子プローブが照射されている領域外からのスペクトルへの寄与が小さいためであると解釈できる。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度は、EELS計測に際してアンダーサンプリング法を適用することにより、有機結晶の電子線照射損傷を低減させることが可能であることが示された。特に、その効果は低損失エネルギー領域のスペクトルに効果があることも判明した。この手法は、サブナノメートルの入射電子プローブを試料表面上で走査するため、電子線照射損傷は確実に生じる。一方、本年度は、本研究課題で提案したもう一つの電子線損傷低減法であるアルーフ散乱法の実験を行う。アルーフ散乱法では、低損失エネルギー領域における非弾性散乱の非局在性を利用して、サブナノ電子プローブを直接試料に照射させることなく、試料表面から1 nm程度離した点を通過させることにより非弾性散乱信号を検出するものである。アンダーサンプリング法での実験でも明らかになったように、近赤外や可視・紫外光の低エネルギー領域のスペクトルでは、非弾性散乱における非局在性が顕著になるため、入射電子が照射された場所以外からの非弾性散乱寄与が存在する。アルーフ散乱法では、試料に電子を直接照射しないため、電線線損傷の影響はより低減でき、場合によっては無損傷でスペクトルを計測できる可能性があるため、電子線照射により敏感な有機分子結晶への適用も可能になると期待される。本年度は、アルーフ散乱法による効率的な低エネルギー損失スペクトル計測を実現するための条件を探索する。具体的には、入射電子プローブの集束角、プローブサイズ、プローブの衝突係数など計測条件の最適化を行う。さらに、アルーフ散乱法で測定されたEELSスペクトルの解釈、特に、衝突係数に依存したスペクトル強度や形状の変化を、損失エネルギーの依存性に注目しながら解析を行う。
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Causes of Carryover |
研究の進捗状況によっては有機薄膜結晶の断面試料作製も考慮しており、そのための集束イオンビーム加工装置のガリウムイオン源の購入を消耗品費として計画していた。しかし、今年度は薄膜の断面試料の観察までは進まなかったため、当該費用は次年度の実験用に繰り越すことにした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額として繰り越された費用は、次年度に計画されている断面試料観察用の試料作製消耗品費として、集束イオンビーム加工装置のガリウムイオン源の購入に充当する予定である。
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Research Products
(4 results)