2018 Fiscal Year Research-status Report
細胞性粘菌の協力と裏切りの進化ゲーム:多様な細胞系譜集団における戦略の定量化
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16K14805
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
嶋田 正和 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (40178950)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 細胞性粘菌 / 協力行動 / 進化動態 / 細胞系譜 / 分業 / 社会形成 / 進化ゲーム / DNAバーコード |
Outline of Annual Research Achievements |
代表の嶋田、連携研究者の城川と澤井は、細胞性粘菌の進化動態を検出するための突然変異体集団を作成する遺伝子操作を完了した。具体的には制限酵素処理を介してランダムにゲノムDNAに変異をつくりだす細胞性粘菌での技術 (REMI)を用いた。突然変異体は目印となるDNA配列と抗生物質耐性遺伝子の導入による。導入する配列を含むプラスミドは、海外グループによるもので、リソースセンター(GWDI-bank)で公開されている。形質転換効率から推定して20000の異なる型の突然変異体を含んだ集団が構築しつつある。今後この集団をもちいて、協力行動の進化実験を行うための環境条件の検討もほぼ完了した。これまで良好な結果が出ていた変動環境下での協力維持の検証も発展させた (計画調書の実験2、分業過程のイメージング)。これまで社会形成の途中で単独生活に戻る細胞系譜(単独型)を人為的に作成すると、利他行動を行う細胞に分化して死ぬこと、社会性を維持した状態から単独型へ進化が阻害される適応度地形の谷があり、3つの状態に分かれることを予測した:(1)突然変異体が胞子(受益者)として社会で有利、(2) 突然変異体が単独生活者として有利、(3)集団全体が社会性を失う。これをもとにランダムにゲノムDNAに変異を加え大きな形質の変化をあたえると、社会性を失う過程で複数の状態の集団が生じうることがわかり、これらの成果を第66回日本生態学会で発表し、現在PNAS誌に投稿直前である。さらに進化のマルチゲーム理論により、2つの交配型の野生型と突然変異体で、子実体形成とマクロシスト形成の2つのマルチゲームの相対適応度を解析したところ、協力(C)と裏切り(2つの交配型D1とD2)の3タイプは3すくみの振動動態を示すことが分かり、この成果はProc. R. Soc. Ser. Bに掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
代表の嶋田は院生・柴崎を指導して、「細胞性粘菌の生活史での子実体形成と有性生殖の進化マルチゲームモデルの共存を介して協力行動の維持」のサブテーマを発展させた。平成28年度数理生態学の代表的な国際誌J. Theol. Biol.に掲載につづき、2報目の成果がProc. R. Soc. Ser. B 誌に掲載された。従来の研究では調べられていない子実体形成(胞子による無性生殖)とマクロシスト(有性生殖)の共存を扱う新展開であり、思いがけない発展となったと評価できる。これは期待以上の成果である。 代表の嶋田、連携研究者の城川と澤井は、進化動態を計測するため突然変異体集団を無事作成できたことは大きな進展である。本計画の重要部分の完了の目処がたったことになる。今後10生活史サイクル(2ヶ月程度)、世代を追って協力行動を繰り返させ、集団の進化動態を次世代シーケンサーをもちいて計測する工程を残しており、引き続き研究が必要である。また、これまで良い成果がでていた変動環境下でできる適応度の谷による協力行動の維持は、生物の社会形成一般に通じる、普遍性の高い重要な結果をまとめることができたと評価できる。共著者間での十分な議論のもと原稿の十分な推敲が完了しており、成果取りまとめも最終の段階にある。今後得られる突然変異体集団を用いた進化動態のデータとあわせることで、協力行動に関する適応度地形を明らかにするこれまでにない研究となり、本研究グループの国内外での高い優位性を示すことが期待できる。よって、総合的に判断するとおおむね良好に進展していると位置づけられる
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Strategy for Future Research Activity |
平成31年度は、連携研究者の城川と澤井で細胞性粘菌の進化動態を検出するために、既に作出した突然変異体集団を用いて、以下の2つの異なる進化条件実施、ターゲット配列を切り出して次世代シーケンサーで配列を読む。その後、結果を理論的な枠組みと照らし合わせる。 (進化条件1) 飢餓状態にして10生活史サイクル(2ヶ月程度)協力行動を繰り返し誘導する。十分大きな集団サイズ(10^8細胞)で、よく細胞を混合し相互作用させて、それぞれの系統がランダムに出会い、さまざまな度合いで勝ったり負けたりする状況を誘発する。進化動態の理論的枠組みとしては、n種リプリケーター方程式で表現されるゼロサムゲーム(相互作用行列を反対称ランダム行列とする)がその基礎となると考えられる。理由は、(1)制限酵素処理によるランダムな遺伝的変異は、多様な競争力の系譜を生みだすこと、(2)細胞性粘菌の社会形成は、遭遇した系統同士は、どちらか片方が多く胞子になる裏切り者になり、もう一方の相手方が多く柄細胞を作り搾取されるという構造を持つからである。協力やその搾取を経た進化動態に対して、実データをもとにした検証が期待できる。 (進化条件2) 飢餓状態での協力行動の途中で富栄養状態に戻し撹乱を繰り返し与える。野外で富栄養環境(頻繁に動物の糞や腐葉土が供給される牧場や森林)を模して、大腸菌を与え社会形成途上の細胞性粘菌に撹乱を与える。これまでの研究で適応度の谷によって協力行動が有利でない富栄養下でも維持されうることを示しているが、実際の進化動態で、適応度の谷を実測する課題が残っている。
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Causes of Carryover |
分業過程イメージングは良好な成果が得られたが、進化実験の条件検討で、細胞が思うように育たず栄養条件の検討が必要であり、また突然変異体の作成効率が悪くDNAや制限酵素濃度の検討に時間を要し、細胞系譜の進化動態定量の進行が遅れたため次年度使用額が生じた。 進化動態を計測するための突然変異体集団は無事作成できたため、今後、世代を追って協力行動を繰り返させ、次世代シーケンサーをもちいて集団の進化動態を計測する計画である。
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