2016 Fiscal Year Research-status Report
日本初の大ダム撤去で解消される分断障壁と流水ネットワーク再生がもたらす遺伝子流動
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16K14807
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
東城 幸治 信州大学, 学術研究院理学系, 准教授 (30377618)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ダム撤去事業 / 流水ネットワーク / 自然再生 / 遺伝子流動 / 遺伝的多様性 / 集団遺伝構造 |
Outline of Annual Research Achievements |
日本初のダム撤去事業として注目される「球磨川・荒瀬ダムのダム解体」に伴い、ダム湖(湛水域)消失により約60年ぶりに流水ネットワークが機能再開することを受け、球磨川水系広域を対象とした水生生物の遺伝子流動モニタリングを実施した。荒瀬ダムの上流側に位置し、建設年代やダム規模、湛水域規模が同等の瀬戸石ダムを対象区として、「自然再生」に関する比較生態学的な野外調査・研究を実施した。
予備調査として実施してきた数年前からの調査研究による試料も有効活用すると共に、流水生態系に特化した生態をもち、止水域であるダム湖では生息できない水生生物を広く対象とした調査サンプリングを実施した。その上で、球磨川水系内における遺伝的多型を検出できるかどうかといった観点からの絞り込みを実施した。水生昆虫としては、ヒゲナガカワトビケラ(トビケラ目)とチラカゲロウ(カゲロウ目)を候補種群として位置づけた。また渓流性の哺乳類として、渓流環境には適応しているものの、止水域を利用できないと考えらるカワネズミ(トガリネズミ科)も対象に位置づけ、遺伝子解析用に糞のサンプリングを実施してきた。
今年度は、対象種群の絞り込みや分子マーカーを利用した移動分散の評価に基づく、流水ネットワーク再生評価に関わる基礎的研究の手法開発に主眼をおいた研究を展開してきた。この結果、ヒゲナガカワトビケラとチラカゲロウの水生昆虫類に関しては、水系内の遺伝的多型を十分に検出し得ること、ヒゲナガカワトビケラではマイクロサテライト解析が可能であることを明らかにするとともに、両種における分布域網羅的な系統地理学的な解析により、球磨川水系における地域集団の位置づけを明確にした(Saito and Tojo, 2016a, b; Saito et al., 2016)。また、カワネズミ分からの遺伝子解析手法を確立した(Sekiya et al., 2017)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究において中心的存在となる、撤去事業が展開されている球磨川・荒瀬ダムの上流域や下流域、そしてそ球磨川の支流、および同等規模や地理的な面での対照区として重要な役割を担う瀬戸石ダムの上・下流域とその支流において、広く生息している水生生物種群の絞り込みを重要視した。とくに、遺伝子流動の方向性や強度の議論に耐えうるだけの十分な試料確保ができるかどうか、といった観点におけるスクリーニングを実施した。結果、ヒゲナガカワトビケラ、チラカゲロウ、カワネズミが対象として相応しいことが救命できた。しかしながら、当初から候補としてリストしていた幾つかの種群に関しては、今回のような観点での調査研究の対象とするには、サンプル確保の面での困難性も明らかとなった。これらのことにより、ほぼ対象種群の絞り込みに関しては、達成できたと考えられる。
加えて、遺伝子流動の方向性や強度の議論において不可欠である遺伝的多型の検出に関しては、少なくとも対象種群として絞り込みをした種においては、問題なく検出可能であることを明確化することができた。これらの種内多型を基盤とした、分子系統地理学的な研究を実施し、球磨川水系の地域集団の種内における系統学的位置づけを明確化できたことの意義は大きい。さらに、マイクロサテライトマーカー開発や解析手法の確立し、また、糞からの遺伝子解析技術の確立など、分子マーカーを用いた分散の方向性や強度の議論に関しては、成果が得られている(Saito and Tojo, 2016a, b; Saito et al., 2017; Sekiya et al., 2017)。
今後の研究を展開する上でも、対象や手法などの面では、ほぼ2年間の計画としていたものを大方においては確立することができた。以上の事柄から、順調に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
日本初の球磨川・荒瀬ダムのダム撤去事業を、ダム湖の存在により、分集団化されてきた水系内の支川ネットワーク間における遺伝的流動の方向性や強度を議論する研究として注目されている。これまでの研究では、対象種群の絞り込みや、分子マーカーを用いた評価手法の確立を目指すことを中心に展開してきた。 解体に伴い、ダム湖(湛水域)消失により約60年ぶりに流水ネットワークが機能再開することを受け、球磨川水系広域を対象とした水生生物の遺伝子流動モニタリングを実施した。荒瀬ダムの上流側に位置し、建設年代やダム規模、湛水域規模が同等の瀬戸石ダムを対象区として、「自然再生」に関する比較生態学的な野外調査・研究を実施した。 この結果、調査研究の中核をなす技術開発が一段と進展した。水生昆虫類に関しては、従来の手法を併用しながら、移動分散の方向性や強度を探ると共に、マイクロサテライトマーカーを用いたより精度の高い解析を目指したい。また、カワネズミにおける遺伝子解析に関しては、多くの試行錯誤の末に、ようやく糞からの効率的な遺伝子解析手法が確立されたので、この手法を利活用したデータ取得に努めたいと考えている。加えて、遺伝情報を基盤とした移動分散や遺伝子流動スケールに関する様々な解析手法(Migrate-n, Structure 解析ほか)を併用して実施することで、より多角的な視点から、より詳細な議論を展開したいと考えている。 すでに、球磨川水系の漁業関係者らからは、ダム撤去の影響がよい方向に向かいつつあるようなコメントがメディア等により報じられているが、これらの「自然再生」的な観点から、本邦初のダム撤去事業がどのように評価されるべきであるのか、分子マーカーを用いた研究面からも評価を試みたいと考えている。
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