2017 Fiscal Year Research-status Report
『朝鮮民暦』における伝統知と近代知の交錯についての科学史研究
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16K16337
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Research Institution | Tokyo University of Science |
Principal Investigator |
宮川 卓也 東京理科大学, 工学部教養, 研究員 (00772782)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 論文完成 / テーゼ提示 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の実績は大きく(1)資料収集および分析、(2)学会発表、(3)論文執筆に分けられる。 (1)主に東京天文台および韓国ソウルにおいて研究内容に関する資料収集を行った。前者には明治~大正期にかけて、東京天文台と仁川気象観測所の間で行われた暦の編纂に関するさまざまな交渉に関する書類が所蔵されている。またソウルでは植民地期に発行されたカレンダーや暦書を確認した。さらにウェブ上で公開されているさまざまな資料も活用しつつ、1900年代から30年代の新聞・雑誌資料を幅広く渉猟して分析を行った。 (2)29年年6月に香川大学で開催された日本科学史学会において発表を行った。発表では特に20世紀初頭に朝鮮と日本の間でみられた天文学の知識における伝統と近代の緊張関係を論じた。聴衆から有益な質問やコメントを受けることができ、論文の執筆を加速させることとなった。 (3)上記(1)(2)の結果を踏まえて、論文を執筆した。すでに初稿を提出した状態である。当初の計画では学会誌への投稿を考えていたが、商業出版(書籍)の執筆陣に加わるよう声をかけられ、方針を転換した。それによって執筆の分量が大幅に増えたことで、論文では(2)で取り上げた問題に加え、暦の受益者である(はずの)朝鮮民衆および社会の反応も射程に入れ、伝統の慣性と近代科学の相克、植民地近代論の新たな課題などについて詳細に論じることができた。順調に進めば30年夏頃に刊行を予定しており、大きな成果であるといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
上記「概要」で述べた(1)資料収集の継続、および(2)学会発表は当初の計画通りである。(3)論文執筆に関しては、学会誌への投稿を計画していたが、折良く論集への参加が決定したため、商業出版(論集の刊行)へと方向転換し、さらに3月中に執筆を終えて出版に向けた手続きが順調に進んでいることが「当初の計画以上」と区分した最大の理由である。 もう一つの理由としては、結果として、執筆した論文が、本研究課題の目的以上に射程を広げることになり、それによって当初の研究構想を超えた大きな論点を提示できたことである。暦書の分析を通じ、「伝統知と近代知の交錯」という知的レベルにとどまらず、より広い社会的文脈のなかで論じるに至った。その論点は、科学史の領域にとどまらず、たとえば社会史や文化史の領域からも議論が可能であることは間違いない。「近代」というものが東アジアをはじめとする広い地域でどのように浸潤していったのか、あるいはいかなかったのか、そのことは何を意味するのか、現代社会へとどのようにつながるのかなど、さらに大きな問いにもとつながるものを提示できたと自負している。その点においても「当初の計画以上に進展している」と評価できるように思う。
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Strategy for Future Research Activity |
執筆した論文のもつ観点をもとに、帝国日本内の他地域、さらには帝国後の東アジア地域にも同様の分析が可能であろうと容易に推察できる。したがって、もう一歩踏み込んで本研究課題の対象である植民地朝鮮と他地域の比較を深めることは重要な作業になると考えられる。たとえば朝鮮同様に帝国日本の植民地であった台湾や満洲国でも暦書が編纂されており、それについて先行研究が存在はするが申請者とは異なる観点から論じられている。また帝国解体後の東アジア社会において、旧暦の使用状況はどうなったのか、どのような変遷を経たのか、それはなぜなのかを検討することも可能である。これについては、沖縄の例をあげることができるが、米軍政下の沖縄において旧暦が生き残ったのはなぜなのか、植民地およびその後の朝鮮半島と同じメカニズムが働いたのか、あるいは全く別の力学があったのかなどの議論も可能だろう。したがって、今後はそのための資料収集および分析、それをもとにした学会発表などを当面の推進方策としたいが、まずは戦後の朝鮮半島において、植民地期の暦書およびそれに基づく生活の変化やその科学史的意義について考えることから始めたい。 それに加え、今年度までの成果が韓国科学史研究、ひいては東アジア近現代科学史を理解する上でどのような意味をもつのかを、より深いレベルで考える段階にある。単線モデルでない科学史を描き出すために、植民地期暦書研究で示したテーゼはどれだけ有用なのか、科学そのものだけでなく、その社会に根付く風習や認識を加味した科学史はどのように描けるのか、より大きな問いを念頭に置きつつ研究を進めていく。
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Causes of Carryover |
最大の理由は、研究に必要な史料が想定したよりも廉価で求めることができた点にある。100年ほど前に発行された暦書が主な分析対象であるために、入手のきわめて難しく、高価であると予想していた。しかし、古書店で偶然に発見したものが(想定より)かなり廉価であったことで、資料の購入費用に策定していた予算が大幅に節減された。 2点目は、本研究課題を開始してからWEB上で公開された史料が出て来たことである。上記同様に、従来その購入や閲覧のための旅費にある程度の予算を策定していたが、特に韓国では日本に劣らずさまざまな歴史資料のオンライン上での公開が急ピッチで進められており、以前は韓国内だけのアクセスにとどまっていたものが徐々に国外へも開かれ、研究開始当初に非公開だったものの閲覧もできるようになっていた。そのため、旅費や購入費用が大幅に節約できた。
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