2016 Fiscal Year Research-status Report
ケニア稲作農民の生業:市場経済とモラル・エコノミーの両方の性質を持つ意義
Project/Area Number |
16K16656
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Research Institution | Policy Research Institute, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries |
Principal Investigator |
伊藤 紀子 農林水産省農林水産政策研究所, その他部局等, 研究員 (80751809)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 経済事情 / 社会学 / 国際協力 / 国際貢献 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ケニア最大の稲作農村に暮らす農民によるコメの生産・消費に関する調査を元に、稲作農民の生計や社会の特色を明らかにすることである。具体的には、食料自給や分かち合いを重視する「モラル・エコノミー」的な性質と、商品の販売による経済的利益の獲得を重視する「市場経済」の両方の性質が、農民の生計と社会生活の維持・向上に果たす役割を考察する。 平成28年度には、1.ケニアにおけるコメの生産や輸入に関するマクロレベルの情報の整理、2.調査対象村で収集した予備的調査データ、文献資料調査、インターネット・メールを通じて取得した調査対象農民の家計情報の整理、3.学会や雑誌論文での成果の発信、を行った。 1.政府機関、国際開発援助機関などが発行する公式統計を整理した。ケニアでは、コメの消費の増大に生産の増加が追い付かず、大量の輸入がなされている。日本などの国際的な支援体制が整い、2008年の稲作国家開発戦略策定以降、灌漑インフラや稲作農民の所得向上のための開発施策が増加していることを示した。 2.初期に「モラル・エコノミー」論が展開された東南アジアにおける社会関係・慣行に関する幅広い文献資料を整理した。ケニアで行った予備的調査結果を踏まえて、必要な情報を現地の研究協力者を通じてインターネットで取得し、地域比較研究の視点から整理した。東南アジアにおいては、コミュニティの解体をもたらしたとされる市場的農業開発に続く農民間の経済格差の拡大は、ケニアの灌漑地域では、かえって食料分配のしくみを活性化させ、消費の平準化を通じ、コミュニティのモラル・エコノミー的性質の強化につながったと考えられるという、制度変化の多様性や経路依存性を指摘した。 3.学会、査読付き雑誌論文などで成果を発信した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
マクロ統計整理および農村調査の成果を、報告書の作成、学会の口頭発表、査読付き雑誌論文などを通じて発表・発信することができたため、進展があったと考える。 ケニアの稲作開発に関するマクロ統計整理に関しては、国際協力機構(JICA)が実施した、ムエアでの多くの現地調査資料を取得することができた。コメの輸入や生産開発をめぐる国際環境や、政策的取り組みなどに関して、報告書を作成し、次年度の発行が確定している。また、初年度に予定していた現地調査は、治安の悪化などの影響で次年度の4月に延期になった。生計の調査計画について、現地の研究協力者と連絡を取り合いながら、とくに食料消費に関する詳細な聞き取り調査計画を作成し、次年度に備えた。今年度の論文作成などにおいては、現地の研究協力者とのメールでの連絡を通じて情報を確認しながら進めることができた。 これまでの成果は、「日本アフリカ学会」、「国際開発学会」などの学術大会での口頭発表および、アフリカ・アジア地域における今日のモラル・エコノミーの意義を検討する「モラル・エコノミー研究会」での英語での口頭発表、プロシーディングスの執筆を通じて発信されている。日本アフリカ学会誌『アフリカ研究』に投稿した査読付き論文が受理され公開された。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度には、4月の現地調査の結果を整理したうえで、ムエアの稲作農民の生計の特色・社会的な制度の意義を明らかにし、今後のケニアのコメ開発政策に向けた含意を導きだし、学会および論文などを通じて発信する。とりわけ従来の開発政策が、コメの生産量の拡大や市場・流通制度の整備を重点としていたものの、農民の独自の価値観や伝統、食文化、社会生活に資する配慮について不足があったことを指摘したうえで、代替的な開発介入のあり方を具体的に提示する。 これまでの家計調査情報の整理や東南アジア農村における社会制度との比較研究を通じて、ケニアの稲作農民の多くは、コメを食料として位置づけ、集団内で分配することを重視するような自給経済的志向を持つことが指摘された。多くのコメを生産して販売により所得を上げることだけではなく、より包括的・農民主体の視点から、主観的な社会福祉の向上をはかるためには、外部者は、住民の価値観への理解を深める必要があると考えられる。コミュニティをベースとする開発介入相手の選択方法や、開発介入者と開発介入対象との間の交渉に関連する先行研究などについて、ケニアや他のアフリカ諸国における先行事例を検討し、ムエアにおける適用可能性を示唆する。 予算の都合次第で、可能であれば短期間の調査地の訪問を行う可能性がある。農民の間の経済格差や、格差を是正する過程としての食料消費の共同性に注目した調査を予定している。研究成果を総括し、学会や、各種のセミナー、報告書などで広く発信する。
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Causes of Carryover |
ケニアで8月に開催された日本アフリカ会議などの影響で、政府機関や、現地の研究協力者などとの間での調整が難航し、調査時期が下半期となった。同時に、ケニアにおけるインフレの進行、為替レートの変動によって、車両借り上げ、滞在費、渡航費など、現地調査に必要となる費用が、予定よりも増加したため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
当初予算から費用増加が見込まれたため、後年度交付経費を充当することによって、出張・調査の実施が可能になると予測された。しかしながら、現地の治安の悪化などの事情により、実際には、現地調査は次年度の初めに、実施されることになった。
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