2016 Fiscal Year Research-status Report
明末清初の科学思想における自然の数値化:音律・天文・数学書の象数易学と西洋科学
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16K16710
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Research Institution | Rissho University |
Principal Investigator |
田中 有紀 立正大学, 経済学部, 准教授 (10632680)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 明末清初 / 象数易 / 朱載イク / 朱熹 / 康有為 / 十二平均律 |
Outline of Annual Research Achievements |
明末清初は思想史上の大きな転換期とされる。明末清初では、複雑に発展した象数易学(数理的易学)によって自然の数値化とも呼ぶべき状況が生じ、西洋科学を受容したことで、中国思想史に大きな転換をもたらしたのではないか。本研究では明末清初の音律学・天文学・数学に関する科学書を分析する。 今年度は特に、西洋科学流入前後の科学書で、まだそれほど深い受容が見られない科学書(16世紀末)について検討することとし、朱載イクの『楽律全書』に見える「実験」の分析を行った。朱載イクは音律学・天文暦法に関する様々な実験を行った。例えば三分損益律(=ピタゴラス律)と十二平均律に依拠した律管(ピッチパイプ)を実際に作成し、両者を吹き比べてどちらが協和しているかを検討した上で、十二平均律の優位を訴えた。十二平均律は転調を容易にするなど演奏上の合理性はあるが、響きという観点から考えると、三分損益律や純正律と異なり、オクターヴを除き完全に純正な音程は存在しない。十二平均律の方が協和するという結論自体は誤りである。彼の実験の傾向の一つとして、象数易学(数理的易学)に基づいた理想とする自然観(律・暦・易が12という数を基礎に密接に関連しあい、それぞれ永遠に循環するという世界観)が先にあり、その自然観に実験結果を合わせようとする態度を指摘できる。これまで実証主義者として高い評価を受けていた朱載イクだが、彼が十二平均律を発明できたのは、以上のような強引にでも自らの理論を押し通そうとする態度(理論の優位)があったからだと考える。 また、中国思想において人間と自然との関連がどのように論じられたのかを確認するため、特に時期を絞らず、人間と非人間の関連について論じた文献を分析した。朱熹や康有為の動物論を分析し、人間が動植物や無生物に対しどのような位置づけを与え、どのようにふるまうかという問題を考察した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
根本的な理由は産休・育休中(9月~11月)だったため研究に費やす時間が確保できなかったことである。 当初行う予定だった研究に「ケイ云路『古今律暦考』の分析」がある。ケイ云路(1580頃-1620頃)は朱載イクと交流をもち、明朝に大統暦の改正を訴え続けた人物である。まずケイ云路の『古今律暦考』を分析する予定だったが、『古今律暦考』は歴代の暦学を整理した著作であり、そこからケイ云路自身の思想を読み取る作業が困難であり、予想以上に時間がかかってしまった。そのため、『明史』『明実録』などの歴史資料からケイ云路の交流関係を明らかにする作業にも到達できなかった。 また、「江永(1681―1762)の天文学に関する文献の分析」も今年度行う予定だったが、『河洛精蘊』における象数易学理論についても全貌を明らかにしたとは言い難く、西洋天文学を紹介した『推歩法解』を分析するに至っていない。
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Strategy for Future Research Activity |
ケイ云路、江永の著作については、そこから思想を読み取り、まとめることが想像以上に難しかった。ただし今後は読解にあてる時間も確保できるようになるので、ひとまずは著作を全面的に解読し内容を整理していき、論文が書けるようであればまとめていきたい。 29年度はなるべく当初の計画通り研究を進めたい。「西洋科学を受容した明末中国人による科学書(16世紀末~17世紀前半)」および「西洋科学がより深く受容され中国科学との融合を果たした時代の科学書(17世紀後半~18世紀前半)」が分析の対象となる。 特に「徐光啓(1562-1633)と李之藻(1565-1630)の天文学・数学文献の分析」を優先して分析することにしたい。徐光啓と李之藻はともにマテオ・リッチとの交流を持ち、洗礼を受け、様々な西洋科学書を漢訳した。彼らは西洋天文学を用いた暦法の改正に注力し、『崇禎暦書』の編纂にも携わった。ユークリッド幾何学をマテオ・リッチとともに漢訳した徐光啓の『幾何原本』は、代数学中心であった中国伝統数学に大きな影響を与えた。李之藻の『同文算指』は筆算を初めて中国に紹介した書であるが、西洋数学のほかに程大位の『算法統宗』を参照して編集している。また、『ハン宮礼楽疏』では朱載イクの十二平均律の計算結果を紹介し、十二平均律が河図の数に基づいていると言及する。李之藻ら西洋科学書を翻訳した人物たちと象数易学の関連はこれまで全く論じられなかった。彼らの天文学・音律学・数学著作を全面的に分析することで、象数易学や様々な伝統思想との関連を再考することができるのではないかと考えている。 当初の研究計画に挙げた「梅文鼎(1633-1721)『暦学疑問』」や「李光地(1642-1718)『周易折中』『古楽経伝』と康熙帝御製『律暦淵源』」については、内容の分析に入るまでの余裕がないと予想されるので、資料収集の段階にとどめたい。
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