2016 Fiscal Year Research-status Report
バウムガルテンの「美的/感性的真理」――芸術に固有の真理の成立とその継承
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16K16715
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
桑原 俊介 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (30735402)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 美的真理 / 真実らしさ / バウムガルテン / 美学 / 形而上学 / 詩学 / ライプニッツ / ヴォルフ |
Outline of Annual Research Achievements |
28年度の実績は前半と後半に分けられる。 前半では、バウムガルテンの美学における「美的/感性的真理」の成立条件のひとつとして、「真実らしさ」概念に着目し、古代以来の詩論に見られるその歴史的変遷と近代におけるその変容を考察した。それにより17・18世紀を境として「真実らしさ」概念が、詩の受容者の予念・期待との一致から、現実世界とは異なる仮説的条件との形式的一致へと変化したこと、それにより、現実的な事物との一致とは異なる整合性に基づく「真実らしさ」概念が成立し、それが「美的/感性的真理」概念の成立のための基礎的な形式的条件となったこと、さらにそれが、詩の「模倣説」から「創造説」への根源的な変化の理論的基礎づけとなったことを明らかにした。また、バウムガルテンの独自性として、彼の「真実らしさ」には、個別的な作品世界内部での整合性のみならず、神話や伝説といった伝承的な詩の世界との整合性も含まれる点を明らかにした。 後半では、「可能的なもの」の概念に着目し、バウムガルテンの美学において、現実には存在しない「可能的なもの」に対して「形而上学的真理」が認められた理論的根拠を、古代からバウムガルテンにいたる形而上学(存在論)における「可能性」・「可能的なもの」の概念の歴史的変遷に即して検討した。その結果、古代以来、主として質料形相モデルに即して「可能態」として規定されてきた可能性概念が、ライプニッツを端緒として論理学の様相に基づく可能性概念(許容様相)に変化し、それを承けたヴォルフやバウムガルテンにより、形而上学(存在論)が「可能的なものの学」に刷新されたことが、バウムガルテンの美学の「虚構」に対して「形而上学的真理」が承認された決定的な理論的根拠となった事実を明らかにした。 以上2点に関して学会発表を実施し、2本の論文を執筆した(学会誌への掲載決定済)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
前半に関しては、計画の段階ですでに研究の一部が着手されていたこともありほぼ計画通りに進捗し、しかも計画を超える成果も達成された。第一に、古代から近世にかけての詩論における真理の理論的位置づけのみならず、詩の具体的な受容の場面において、それぞれの時代の人々がどのように詩の真理性を前提としていたのかというより実践的な観点から、真理や真実らしさ概念を検討することができた。それにより、バウムガルテンの「真実らしさ」概念を、このような実際的な受容の場面に即して捉え返すことが可能となった。第二に、詩の「模倣説」から「創造説」へという、詩の近代化における重要な転回点に、真理や真実らしさにおける一致説から整合説への変化が決定的な役割を果たした事実が明らかとなった。 後半も計画通りの進捗と、想定を超える成果が示された。第一に、伝統的な「可能性」概念を「存在論的可能性」と「論理学的可能性」とに分けることで、その歴史的展開が極めて見通しのよいものとなり、バウムガルテンの可能性概念も、それに即して明確に歴史的に位置づけることが可能となった。第二に、「可能性」概念の対となる「現実性」概念が、ライプニッツ・ヴォルフ学派の可能世界論においては、客観的実在性、つまりこの世界における存在を意味する概念ではなく、単に「表象」ないし「認識」の下での「規定」を意味する概念とされたことが明らかとなり、それにより、可能世界論の下での「現実性」および「実在性」の概念に、従来にはなかった新しい解釈の可能性を示すことができた。そしてそれに基づき、バウムガルテンの美学における「可能的なもの」としての「虚構」の位置づけもより明確化されることになった。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の計画通り、バウムガルテンの美学の根本概念ともいえる「感性」ないし「下位認識能力」概念の再検討を進める。ただし、28年度の研究の進展を承け、問いをさらに明確化させる。(1)「感性」を、「上位認識能力」と「下位認識能力」という対概念の歴史的変遷の下で再考する。その際、系譜への問いを、当初計画していたライプニッツからさらに遡り、トマスにまで進める。すなわち、トマスの下では、両概念が「知性」と「感性」ではなく、前者の下位区分として使用されていた点から系譜への問いを始める。(2)28年度の研究を通じて、バウムガルテンの美学や形而上学における「存在者」が、この世界における客観的な実在物ではなく、表象や認識の下での「規定」の問題として規定されていた事実が明らかになったことを承け、「感性」ないし「感性的認識」の問題を、可能的なものの「規定」の問題として、すなわち「可能性の補完(充填)」としての「個体化」の問題として問い直す。それにより「知性」と「感性」を、従来のような明晰判明と明晰渾然という対概念の下ではなく、普遍性と個体性という新たな対概念の下で問い直すことを試みる。それを通じて、美学を「個体性」という観点から、すなわち「個体性の論理学」として再構築することを試みる。 後半では、当初の計画通り、修辞学の系譜に即して美学の再考を試みる予定であるが、その際、美学をあえて「修辞学の一般化」として捉え、それがどの部分において、従来の修辞学には見られなかった領域を扱っているのかという差異領域に問いを集中させる。その領域を見定めることにより、バウムガルテンの美学において主題化される「感性」の非言語的な側面がよりいっそう明確化されることになるろう。
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Causes of Carryover |
研究の進捗に合わせて執行したため、実際の執行学と当初の見込み額との間にごく少額の差異が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額はごく少額であり、計画の大きな変更は不要だが、図書の購入を若干増やすことで研究をさらに充実させることとする。
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