2017 Fiscal Year Research-status Report
日本の洋楽受容史におけるアメリカの影響―ヴォーリズ建築にみるピアノの普及―
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16K16717
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
齊藤 紀子 お茶の水女子大学, グローバルリーダーシップ研究所, 特別研究員 (60769735)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ピアノ / ヴォーリズ / 近代日本 / アメリカ / 建築 / 音楽学 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画(二年次)に則り、①ヴォーリズの出身校コロラド・カレッジを中心に、アリゾナ州フラッグスタッフなどアメリカのヴォーリズ縁の地における文献資料調査、②日本国内のヴォーリズ建築における音楽実践の具体事例の収集をすすめた。その成果の一部を2つの学会で(口頭)発表し、研究論文を執筆して学会誌に投稿した。 口頭発表は文化資源学会研究発表大会での個人発表と、日本音楽学会全国大会でのパネル企画のコーディネート(兼パネリスト)の計2回行った。後者は、所属するお茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所が文部科学省特別経費(国立大学機能強化分)の助成を受けて進めているプロジェクト「グローバル女性リーダー育成カリキュラムに基づく教育実践と新たな女性リーダーシップ論の発信」の支援を得て実現したものである。 文化資源学会では、既往研究でヴォーリズが設計する際に参照したとされるアメリカの建築インテリア雑誌“Architectural Digest”(1920-)を調査した結果を示した。先行研究では、日本にあるヴォーリズの遺品(スクラップブックの切り抜きとメモ)をもとにヴォーリズ建築のモデル誌としてこの雑誌の名が挙げられていたが、そうした雑誌本体の調査は未だなされていない。申請者がヴォーリズ建築と国内外に現存するバックナンバーの内容を比較した結果、調度品としてのピアノという観点からは両者の類似性よりもむしろ相違点の方が際立つことが明らかとなった。この発表内容については、文化資源学会の学会誌に投稿した論文が受理され、平成30年夏に刊行予定である。加えて、同学会からの依頼を受けて「文化資源学と私」というエッセイも執筆した。 日本音楽学会全国大会では、昨年度に見学した京都大学故駒井卓教授の自邸をテーマにパネルを企画してコーディネーターを務めた。同時に、自身も家族新聞『團欒』について研究発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
ヴォーリズの出身校コロラド・カレッジを訪ねたことが予想以上の成果を生み、当初の計画からさらに調査を進めることができている。本調査をはじめるにあたり、『失敗者の自叙伝』(1970、近江兄弟社)をはじめとするヴォーリズの著述を分析したところ、ヴォーリズの建築設計観は、当時の建築文化の潮流とも関連するものの、ヴォーリズ自身の生立ちや経験にその源泉を求められるのではないかと考えるに至った。その後の調査からは、アメリカに現存する各種史料からこの仮説を裏付ける緒を見出している。たとえば、コロラド・カレッジ附属図書館の特別コレクション室での学校史関連資料の調査からヴォーリズが興した近江兄弟社の事業に通じるような活動が学生時代に既に行われていたことがみえてきた。 文献資料の収集が要となる本研究調査では、当初の計画以上に文献資料を収集できていることが大きな支えとなっている。これはひとえに、関係者からの本調査への理解・協力に負うところが多い。たとえば、コロラド滞在中に日本のヴォーリズ建築に在住経験のあるアメリカ人教授との面談が実現し、限られた日程のなかで独力では収集しきれない郷土史料を帰国後も入手できるようになった。加えて、日本音楽学会全国大会で実施したパネル企画を、ヴォーリズ建築が数多く残る関西で一般にも公開したことから、ヴォーリズ建築探訪者や郷土史家とのつながりを新たに築くことができ、非公開の各種史料についての情報を得ることができた。 一年次・二年次は、これまで建築文化史でとりあげられることの多かったヴォーリズについて、音楽学の視点から捉える調査の基盤を築くことを目ざしてきた。最終年度となる三年次は、これまでに収集した資料の分析をすすめ、今後の研究の方向性や課題を考えながら全体の総括に着手して洋楽受容史におけるアメリカの影響を具体的に示すとともに、新たな研究計画を練る予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究調査では当初、個々のヴォーリズ建築の間取図からヴォーリズ建築を通して広まったピアノについて整理・分析していくことを計画していた。しかし、全体の総括に着手する最終年度を迎えた現在は、むしろ、ヴォーリズの建築や音楽、文化に対する思想や理念について、生立ちなどの経歴にその源泉を求めて考察することのほうが意義深いと考えている。これまでの文献資料調査から、アリゾナ州フラッグスタッフで通った町の小さな学校や両親が築いた教会と日曜学校、コロラド・カレッジでの教養教育など、ヴォーリズが立ちあげた近江兄弟社の諸事業に通じる経験を幼少時よりアメリカで数多く積んでいたことが浮かびあがってきたためである。そして、本調査の目的「ヴォーリズをめぐる諸活動がピアノの普及に果たした役割を実証的に明らかにすること」を達成するためには、当初予定していたデータベースの作成よりも、文献資料の精読・分析に重点をおいたほうが良いと感じている。 研究協力者の支援があり、幸いにもこの二年間でフラッグスタッフの地方紙やコロラド・カレッジの学校史料など、既往のヴォーリズ研究では言及されてこなかったものも含め多量の文献資料を収集できた。これまで、この研究調査の成果を東洋音楽学会や日本音楽学会、文化資源学会で発表してきた。最終年度となる三年次は、新たに浮上したキーワード「教育」を手がかりに、コロラド・カレッジでの学びとヴォーリズが日本で実践した諸事業の構想との比較について未だ発表したことのない日本音楽教育学会で研究発表を行い、教育史や教育学の研究者から助言を得ることを目ざす。そして、長期的には、ヴォーリズと音楽をめぐる本研究調査を20世紀前半の日米の教育改革の流れのなかで捉えて検討する調査に進展させることを計画している。
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Research Products
(5 results)