2020 Fiscal Year Research-status Report
15世紀ローマの壁画装飾事業にみられる競合意識について
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16K16731
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
荒木 文果 慶應義塾大学, 理工学部(日吉), 講師 (40768800)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 芸術家の競合意識 / フィリッピーノ・リッピ |
Outline of Annual Research Achievements |
20年度は、突然降りかかったコロナ禍に対するオンライン授業準備や各種対応、また、産休明けすぐで生活環境が大きく変わり、個人研究の遂行どころではない状況であった。そこで、様々な制約のなかでも達成できる内容を勘案し、本助成の課題である「競合」という問題意識を、研究対象とした画家のひとりフィリッピーノ・リッピがフィレンツェで取り組んだ活動に応用して考察を行った。 1480 年代初頭、フィレンツェの画家フィリッピーノ・リッピは、独立した画家として初めて壁画制作に取り組んだ。20年代にマザッチョとマゾリーノによって着手され、未完のまま残されていたブランカッチ礼拝堂壁画を完成させる仕事である。フィリッピーノが描いた箇所に関する様式論を基盤とした先行研究は、本礼拝堂壁画から画家の様式的な特徴を抽出してきたが、この仕事に対する近年の解説は、同じ内容を繰り返すだけとなっている印象が否めない。それに対して本研究では、本芸術事業を過去の画家たちとの一種の共同制作と捉える視点を初めて導入し、反フィリッピーノ様式にも光を当て、制作の実態解明に取り組んだ。 考察では、特にアルベルティーニとヴァザーリの16世紀の記述を精読し、いずれもマザッチョが途中まで描いていた壁面を完成させる作業と真っ白のまま残されていた壁面にフレスコ画を描く作業とを異なる性質をもった仕事と捉えていた可能性を指摘した。そのうえで、壁画の仔細な観察とフィリッピーノの同時期の作品との比較を通して、画家自身もまた同様の意識を有し、前者ではマザッチョの時代の様式を積極的に採用し、後者では礼拝堂壁画全体の調和に配慮しながらも画家の個性を発揮しようとしたことを明示した。以上から浮かび上がってきたのは、模倣と革新の間で揺れ動く画家の心理的側面である。この研究成果は、英語論文としてまとめ、既に慶應義塾大学日吉紀要『人文科学』に投稿済みである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
今年度のコロナ禍は、円滑な研究遂行にとって大きな障害となった。オンデマンド動画作成によって研究遂行時間の確保ばかりか、1歳児の育児もあいまって、十分な睡眠時間がとれる日もなかった。さらに海外渡航禁止の影響で、作品を実見し、イタリアの図書館で資料収集する計画もとん挫した。そこで、手持ちの画像や資料で対応できる研究として、本助成の課題である「競合」という問題意識を応用するかたちで論文を執筆した。その成果は、図らずも今後展開すべき新たな研究への道筋を大きく開いた。しかし、本来の研究遂行という意味では遅れをとったと言わざるを得ない。
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Strategy for Future Research Activity |
21年度はローマのローカルの画家たちが関わったとされる壁画を取り上げる予定である。ただし、これらの作品は現地調査なしに明瞭な図像が手に入れにくいため、コロナ禍による渡航禁止が続く場合は方向性の変更を余儀なくされる。その際は、手元に図像と資料がある程度そろっているシスティーナ礼拝堂の15世紀に制作された壁画について、制作に関わった複数の画家たちの共同制作の在り方を中心とした議論を展開する必要がある。具体的にはコジモ・ロッセッリの手に帰される《最後の晩餐》を描いた画家たちの手分けやピエトロ・ペルジーノ工房による仕事の分担に注目していきたい。 さらに、本助成による自著の出版や国際学会発表を受けて、国際的な学術雑誌より近年刊行されたフィリッピーノ・リッピの書籍についての書評依頼がきているため、その執筆も行う。
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Causes of Carryover |
コロナ禍の海外渡航禁止によって現地調査が叶わなかったため。また、コロナ禍によるオンライン授業の準備や各種対応で研究遂行時間の確保が困難であったため。次年度の使用計画については、現地調査を実施できる場合は、旅費として計上したい。それが叶わない時には、画像の細部等を確認しやすいPCの購入を計画している。また、研究成果を国際的な場で刊行するための英語やイタリア語の校閲のため謝金が発生する見込みである。
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