2016 Fiscal Year Research-status Report
戦前期ドイツにおける日本プロレタリア文学の翻訳と受容に関する研究
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16K16761
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Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
和田 崇 三重大学, 教育学部, 講師 (10759624)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / 比較文学 / プロレタリア文学 / 翻訳文学 / ドイツ語訳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の初年度にあたる平成28年度は、申請時に作成した「研究の目的」と「研究実施計画」に基づき、国内外において、日本のプロレタリア文学を翻訳・紹介したドイツ語文献の調査を行った。調査の結果、多くの文献を収集することができ、一定の成果を得た。 国内の調査で得た主たる成果としては、千田文庫(早稲田大学演劇博物館)で調査した雑誌"Arbeiter-buehne"において、千田是也による日本のプロレタリア芸術団体に関する紹介記事、日本のプロレタリア演劇の紹介記事などを収集したことが挙げられる。また、現物の購入や複数所蔵機関による調査を重ねて雑誌"Internationale Lietaratur"(『世界革命文学』ドイツ語版)をほぼ全て通読し、田中英士「三日兵」や島木健作「盲目」といった小説の翻訳を収集した。これらの小説が翻訳掲載されたのは1934年と35年のことで、日本では〈転向〉の時代に、海外では〈革命作家〉の作品として紹介されていた事実は特筆できる。 国外では、ベルリン州立図書館で新聞"Welt am Abend"と"Berlin am Morgen"を調査し、徳永直『太陽のない街』、小林多喜二『一九二八年三月十五日』のドイツ語訳の書評などを収集した。中でも一番大きな成果としては、葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」のドイツ語訳を発見したことが挙げられる。葉山嘉樹の作品が戦前にドイツ語へ翻訳された事例は過去の文献目録では確認できず、注目に値する。 以上に加えて、研究計画どおり本年度は文献収集に徹する予定であったが、一部の文献については和訳や内容の解析にも取り組み、その成果は論文「日独プロレタリア文学の往来」として学術雑誌への掲載が確定している。これと同じように、次年度以降は、本年度に収集した文献の和訳や内容解析を進めて、具体的な研究成果を公開していく予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究は、全体的に計画どおり進んでいる一方、若干十分に遂行できていない点があるため、上記を選択した。 計画どおりに進んでいる点としては、国内外での文献収集がある程度順調に遂行できたことが挙げられる。国内での調査は、他の研究費を用いた調査も合わせれば、京都で1回、東京で3回集中的に実施し、9.研究実績の概要で報告したようなドイツ語雑誌を調査した。また、"Moderne japanische Literatur in deutscher Uebersetzung"(日本近代文学ドイツ語翻訳文献目録)など、先行研究の成果も活用して、1930年前後の日本文化に関するドイツ語文献を集め、次年度以降の研究の下準備を行った。また、国外での調査は、9月にベルリンに約1週間滞在し、ベルリン州立図書館で新聞資料を集中的に調査した。以上のように文献調査はほぼ順調に実施できた。 一方で、十分に進んでいない点としては、2点挙げられる。一つは、当初の予定ではドイツでの調査を夏季と冬季の2回行う予定であったが、夏季の1回しか行えなかったことである。昨年12月に起きたベルリンのテロ事件の影響を懸念して冬季の渡航を控えたことが主な原因だが、ドイツで集中的に調査する雑誌のリストが未完成であり、研究遂行上の問題点もある。次年度には計画どおりに実施したい。もう一つは、前記のとおり文献収集がある程度順調に進みながら、そのリスト化や整理がまだ十分に行えていない点である。日本語文献の整理に関しては、学生を雇用してある程度進んでいるが、ドイツ語文献の整理に関しては、購入や複写をしたままの状態のものが多く残っている。これは、ゼミの学生にドイツ語既習者がおらず、研究代表者自らが整理をしなければならない状況にあることが原因である。次年度の翻訳や内容解析を順調に進めるためにも、文献の整理を加速させたい。
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Strategy for Future Research Activity |
申請時の研究計画では、次年度以降は平成28年度に実施した文献収集を継続しながら、収集した文献の和訳と内容解析を進めることにしていた。基本的な枠組みに変更はないが、内容解析を始める時期について若干の軌道修正を行いたい。 日本のプロレタリア文学に関するドイツ語文献の内容解析については、すでに本研究の成果として論文を一つ投稿しており、研究代表者が招聘されている2017年にリーズ大学で開かれるシンポジウムでも、本研究の成果の一部を取り入れて発表する予定である。このように、一部の文献についてはすでに内容解析を行っているのだが、研究計画の全体としては、平成29年10月以降に内容解析を開始することを目標とし、それまでは文献の収集・整理と紹介記事や論文の和訳にしぼって遂行したい。 平成29年度前期を文献の収集・整理および和訳の期間と位置づけ、後期に内容解析を引き延ばすのは、主に二つの理由からである。一つ目は、11.現在までの進捗状況で報告したとおり、文献の整理が十分に行えていないためである。二つ目は、当初予定した文献が入手できなかったためである。具体的には、藤森成吉「ベルリン通信」(1931年)の情報を手がかかりに、貴司山治の長編小説「ゴー・ストップ」の新聞連載と短編小説「彼」の翻訳出版を調査したが、これらは実際に確認できなかった。また、1932年に発行された複数のドイツの左翼系雑誌や新聞に公告が掲載されている片山潜の"Es Gaert in Japan"という本も確認できなかった。もちろん、9.研究実績の概要で報告したとおり、葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」の翻訳など想定外の文献も発見しているわけだが、さらなる文献の発掘や、前記作品の掲載や刊行がなされなかったことを確実に証明するためにも、引き続き文献調査を丁寧に行う必要があると判断し、本格的な内容解析の開始を半期延長することにした。
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Causes of Carryover |
当初の予定では海外(ドイツ)における文献調査を夏季と冬季の2回行う予定であったが、夏季の1回しか行えなかった。これは、昨年12月に起きたベルリンのテロ事件の影響を懸念して冬季の渡航を控えたことが主な原因だが、ドイツで集中的に調査する雑誌のリストが未完成であり、研究遂行上の問題点もあった。そのため、ドイツへの旅費や宿泊費として執行を計画していた約30万円が残っている。また、これに付随して、現地で調査を補助する研究協力者の支援も受けなかったため、協力者に対する謝金約10万円分が未執行のままとなった。以上に加えて、収集した文献の整理が当初の予定どおりには十分に進まず、補助要員として想定した学生の賃金が8万円程度執行されていない。 以上の理由から、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
基本的には、平成28年度に計画した使用目的に即して、そのままスライドして平成29年度に執行することを計画している。 具体的には、ドイツにおける文献調査のために30万円程度、現地での研究協力者への謝金に10万円程度、学生の賃金に8万円程度を予定し、平成29年の単年度の使用計画に上乗せして執行する。
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