2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K16785
|
Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
木田 悟史 三重大学, 人文学部, 特任准教授(教育担当) (00710344)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | ラフカディオ・ハーン / 小泉八雲 / 翻訳 / 受容 |
Outline of Annual Research Achievements |
翻訳を通して日本でのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の受容を跡付けるという本研究の目的に従い、平成28年度は日本児童文学を通したハーンの受容について研究した。主な対象としたのは、大正時代に創刊され、後の日本児童文学の発展に大きな影響を与えたとされる雑誌『赤い鳥』である。『赤い鳥』に掲載されたハーンの作品はいくつか存在するが、平成28年度の研究では、茅原順三「赤穴宗右衛門兄弟」(1931年3月号)を中心に取り上げた。作者の茅原順三とは『赤い鳥』の編集記者でもあった児童文学者森三郎の別名である。森は『赤い鳥』の運営や自身の創作活動の舞台裏をのぞかせてくれる貴重なエッセイを残しており、同誌におけるハーンの扱われ方を知る上で重要な人物である。森の「赤穴宗右衛門兄弟」は、ハーンが上田秋成『雨月物語』(1776)の中の一篇「菊花の約」を英語で語り直して作った “Of a Promise Kept”(1901)をさらに児童向けに語り直したものである。今回の研究では、森とハーンの作品を比較検討し、前者が読者向けに作品の道徳性を強調している点や、ハーンの英文に特徴的な「外国人の視点」を再現することの難しさなどについて考察した。 上記の比較研究を進める中で、『赤い鳥』には「赤穴宗右衛門兄弟」以外にも他の作家によってハーンの作品が翻訳・翻案掲載されていたことが分かった。また作品だけではなく、森銑三「小泉八雲」(1927年6月号)などのように、ハーンの生涯や人柄を紹介した伝記も書かれており、そこでは現代にも通じる一つのハーン象、すなわち、怪談や虫、草花など小さくてはかないものの中に日本の美を見出し、それを当の日本人よりも愛した西洋人の文豪というイメージがすでに形成されていたことも明らかになり、次年度以降の研究を進める上でも参考になった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、翻訳を通して日本でのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)像の形成を跡付けることである。平成28年度は主に児童文学を通したハーン受容を探った。その最初期の例として大正時代に創刊された児童雑誌『赤い鳥』に着目し、すでにそこで現在にも通じるハーン/八雲像の一端が形成されていたことを明らかにした。平成28年度は、茅原順三(森三郎)「赤穴宗右衛門兄弟」を中心に研究を進めたが、『赤い鳥』には他の作家によるハーンの翻訳・翻案作品もいくつか掲載されているので、それらについても考察する必要がある。また、怪談ものを中心にして、ハーンの作品は今でも年少の読者に向けて翻訳・翻案されているので、引き続き『赤い鳥』を起点に、児童文学を通したハーン受容について研究を進めていく必要がある。 児童文学に加えて、怪奇幻想文学の分野における受容も重要な研究課題である。たとえば、1964年から1967年にかけて『全訳小泉八雲作品集』全12巻を成し遂げ、日本でのハーン受容に大きな功績のあった平井呈一は、英米を中心にした怪奇幻想文学の翻訳者・紹介者としても著名である。この分野での本研究の進捗はまだ十分ではないので、平成29年度の課題としたい。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28年度に研究を進めた児童文学を通したハーンの受容に加えて、今後は怪奇幻想文学の分野におけるハーンの邦訳と受容研究にも取り掛かりたい。現在、主な研究対象と考えている翻訳者は平井呈一である。日本における海外怪奇幻想文学の翻訳者・紹介者としてよく知られている平井は『全訳小泉八雲作品集』全12巻を成し遂げるなど、ハーンの邦訳においても大きな功績があり、日本でのハーン受容を考える上で無視することのできない人物である。ハーンの邦訳作品はいくつも存在しているが、平井の訳はその中でも強い存在感を放っており、定訳の一つとして地位を確立している。しかし名訳であるが故の問題点も抱えており、それは、平易なハーンの英文に比べて、平井の日本語が巧すぎるということである。それはつまり、平井の訳が「外国人」としてのハーンのまなざしを消してしまっているということでもある。今後の研究では、近年のトランスレーション・スタディーズの成果も援用しながら、ハーンの英文とその平井による訳、および、平井とその他の訳者による訳文との比較を通して、平井訳の功罪を検討するとともに、平井訳によって浮かび上がるラフカディオ・ハーン/小泉八雲像について研究を進めていきたい。
|
Causes of Carryover |
当初の計画では、国内にいくつか存在するラフカディオ・ハーン(小泉八雲)関連の資料館を利用した調査のため、複数回の研究出張を予定していたが、平成28年度の研究に関しては、各資料館への出張の回数が当初の計画よりも少ない回数で実行できたため、次年度使用額が生じた。また、研究のための設備備品費についても、平成28年度の研究に関しては、すでに手元にあった研究図書や図書館からの借り出し資料によって実行できた部分が多く、パソコンなどの備品も当初の計画よりも安価で購入できたため、次年度使用額が生じた。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度の研究によって、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)本人の研究に加えて、ハーンの作品を訳した個々の翻訳者やその邦訳作品が出版された当時の社会的・文化的状況、そして、近年のトランスレーション・スタディーズの成果などについてさらに研究を進める必要が生じたので、それらに次年度使用の助成金を充てたい。また、平成28年度は本研究計画の初年度ということもあり、まとまった研究成果を公表できる機会が少なかったので、平成29年度は研究を進めるとともに、前年度からの成果を引き続き公表していくための学会への参加費、学術雑誌への投稿費などに次年度使用となった助成金を使用したい。
|